1200年の時を超え よみがえる慧日寺金堂
第4部 未来へ・提言
(20)“本物”招き各種舞台 門前町の風情も復活
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| 模型を手に金堂を活用した将来へのビジョンを語る五十嵐町長 |
遺跡の調査開始から四十二年の歳月を経て復元された慧日寺金堂。磐梯町は今後、金堂をどう活用していくのか。五十嵐源市町長が将来へのビジョンを語った。
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金堂完成後、町では二十年度に「中門」を復元し、さらに二十一、二十二年度の二カ年計画で中門から金堂までの「石敷き」復元と金堂周辺の遊歩道整備を行います。
金堂では今後、四季折々でお茶会、琴やクラシック演奏会、舞踊発表会などを展開していく計画ですが、あくまで“本物”にこだわり、内容を吟味したいと考えています。平安当時の様式を再現した“本物”の金堂が復元できたのですから、一流の演奏家や家元らを招いた“本物志向”で展開していきたいのです。
徳一菩薩(ぼさつ)ゆかりの寺院の方を招いた講演会も開き、その教えや功績について多くの人に理解を深めてもらいたいとも考えています。観光客だけでなく町民一人一人が徳一の足跡を含めた地域の歴史文化について知識を深め、それらを広く全国に発信できるようになれば理想的です。
将来的には史跡周辺、ひいては町全体を「人々の心が癒やされる場所」にすることができれば―と思っています。本寺地区については今後、住宅建て替えの際に外壁や屋根を和風建築様式にして景観の統一を図り、地域住民の協力を得ながら、かつての「門前町」の風情をよみがえらせる計画です。
徳一の開いた慧日寺を核に行政、住民、観光客が心でつながっていく。こうした「心のつながり」を未来へと広げていくことで、多少地味であったとしても末永く愛され、多くの人が何度も訪れてくれるマチになると確信しています。
最後に、会津地方には慧日寺跡だけでなく、歴史的・文化的に貴重な文化財や建造物が数多くあります。しかし、残念ながら、それらの光り輝く“点”をつなぐ“線”がないのが現状であり、非常に残念なことです。
今後は、点を線で結ぶ観光ネットワークなどの構築へ向けた協力体制を関係機関と模索し、相乗効果を生み出しつつ全国に誇れる「仏都会津」の広域的な観光振興を図ることができれば―とも考えています。
=完=
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