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小さな秋(11月19日)

 国内の景勝地を紹介する番組で、日本人の出演者が初めて出合った風景に「外国みたい!」と歓声を上げていた。「外国みたい!」とは何を意味しているのだろう。「自分の知らない世界」の比喩だろうか。それとも「自分の知る外国の風景に出合った」と言いたかったのか。番組ではその後、外国についての話題はなかったので、前者の意味だと分かる。
 多くの日本人が旅行はもちろん、本、テレビ、映画などを通じて、外国の文化や風景に出合い、感動する。一方、国内にもまだ巡り合っていない素晴らしい文化や風景がある。そうした出合いの感動を「外国みたい」と表現されると、日本固有の魅力がとても遠いところにあり、外国が上位にあるようにも感じる。「初めて出合った素晴らしい日本」とでも言ってほしかった。当人にとっては最大級の褒め言葉だったのだろう。
 人は初めて見るもの、聞くものに敏感だ。「そんなことがあったのか」「そんなことができるのか」「こんなにおいしいものがあったのか」といった感動が次の行動につながる。教育には成功体験の繰り返しが重要との指摘がある。それは小さな感動の繰り返しではないだろうか。言葉を換えれば、新しい発明・発見なのである。
 「研究」という言葉には、無かったものを発明するという印象があるが、自然界に元々あって気付かなかったものを発見する行為でもある。むしろ後者が多いのではないか。どんな小さな発明・発見でも、成し得た時には感動し、達成感を得る。だから研究はやめられない。最初に述べた日常生活の中で得る感動と同じなのだ。研究者はまさに「外国みたい!」なわくわく感が忘れられないのだ。
 先日、専門雑誌の対談で研究について学生にはどんなことを言っているかと問われた。
 目標を決めて実験を繰り返す。目標とする結果が出ないから実験が失敗ということではない。結果には必ず原因が隠されている。どうしてその結果になったか検証することが重要なのだ。原因を探っていくことが研究の面白さであり、そこに感動があると答えた。
 失敗の原因が分かれば次の一手が見えてくる。原因が分かった瞬間、次の一手が見えた瞬間が感動なのだ。失敗だと思っていたものが可能性に変わることがある。白川英樹さんがノーベル化学賞を得た導電性プラスチックは、触媒(プラスチックを固める物質)の配合量を間違えた結果生まれたことはよく知られる例である。
 対談の相手は建築士などの資格取得を支援する企業のトップで、合格へのポイントについて「個人の能力はほぼ変わらない。やるかやらないかだ」「周囲の見守りも大切。誰かに見守ってもらっていると人は頑張れる。小さな頑張りの積み重ねが大切」と語った。小さな頑張りには成果がついてくる。それは小さな感動の積み重ねと言い換えることができる。
 散策の道で小さな秋に出合う。その一つ一つの連なりが日本らしい紅葉の美しさを生み出し、人々に感動を与える。(出村克宣、日大工学部長)

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