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ノンホモ牛乳との出合い(12月10日)

 棚倉町にあるJA東西しらかわの農産物直売所「みりょく満点物語」で、「ノンホモ牛乳」を見つけた。日持ちが短いため通常、スーパーマーケットなどでは取り扱わず、店頭ではあまり目にすることがない飲用牛乳なので驚いた。
 「ノンホモ」は直訳するとホモゲナイズ(均質化)していないという意味である。
 牛乳の脂肪は直径1000分の1ミリから1000分の10ミリほどの大小さまざまな球状で、たんぱく質の膜に包まれた状態で牛乳中を漂っている。水より軽いため、放置すると自然に浮き上がり上面にクリーム層をつくる。それを防ぐために大半の乳業メーカーは牛乳に圧力をかけ、狭い空間を通すことで脂肪球を小さくする処理をしている。この工程をホモゲナイズ(均質化)という。
 脂肪球は牛乳中に均等に混ざり合って分離が抑えられ、保存性もよくなる。
 ノンホモ牛乳を製造するミルクプラントは全国的にも珍しい。北海道中札内[なかさつない]村にある想いやりファーム、岩手県岩泉町の中洞[なかほら]牧場、島根県雲南市の木次乳業などが知られる。
 製造元のJA東西しらかわは2001(平成13)年に東西白河地方の7JA(表郷、中畑、矢吹、棚倉、矢祭、塙、鮫川)が広域合併して誕生した。2016年の県内JAの大合併には加わらず、地域農業の振興を旗印にきめ細かい地元密着型の組合活動を展開しているという。ノンホモ牛乳製造も、その一環なのだろう。
 直売所に併設するミルク工房で一日およそ60キロリットルの原乳が処理される。量的には少ないが、「地元の味」を直接、消費者に届けたいとする思いの表れだろう。口の中に広がる乳脂肪独特のコクのある風味に懐かしさを感じた。
 7世紀ごろ、百済[くだら]からの渡来人が孝徳天皇に牛乳を献上した記録がある。日本人が牛乳に出合った最初といわれ、皇族から始まった牛乳飲用は滋養のための栄養剤であり薬であった。牛乳を煮詰めた、保存性の高い「蘇[そ]」を税として献上させたこともある。ヨーグルトあるいはチーズのようなかゆ状か餅状の固形物ではなかったかと推察できるが、定かではない。ただ、古代日本人は牛乳に浮いた白い塊のおいしさには気づいていたようだ。
 仏教の涅般若経[ねはんにゃきょう]に「乳は酪となり、酪は生酥[せいそ]となり、生酥は熟酥となり、熟酥は醍醐[だいご]となる。醍醐最上なり」とある。転じて、極上の味わいを「醍醐味」と表現するようになったとされる。酪は今日の発酵乳で、熟酥がどのようなものなのか詳細は不明である。江戸時代に中国大陸から伝わった農学書「本草綱目」によると、「酥」は、弱く発酵した牛乳の表面に浮いたクリーム層をすくい集め、それを加熱、冷却を繰り返して濃縮したものである。たんぱく質と乳脂肪分の混合物でバターオイルと考えられている。
 棚倉町で出合ったノンホモ牛乳「初搾り」の最初の一口は、まさに醍醐の味であった。
(阿部正、福島学院大名誉教授)

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