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福島と台湾の絆のために(12月17日)

 はじめて台湾を訪ねた。たった数日間ではあるが、濃密な旅となった。何かが始まる、確かな予感がある。偶然に、東北のガイドブックを手に取った。台湾の出版社から刊行されているシリーズの一冊だ。若者たちがみずから取材し、みずから撮った写真で丁寧に編まれている。たった1か所、日本語の記事があった。「東北の方々へ」と題されていた。
 《我々長空出版は震災の皆さんと共に歩み、復興に力を尽くしたいです。自分事ですが、留学期間私を育ててくれたこの国への恩返しでもあります。ありがとう、がんばれ、日本!》
 くりかえし、旅のなかで、話題になった。なぜ、台湾の人たちは被災地に手厚い支援をしてくれたのですか、と問いかけると、それは1997年の台湾の地震のときに、日本から寄せられた支援にたいして恩返しをしたかったからです、という答えが返ってきた。みずからが受けた恩義に、時あればきちんと礼節を尽くして恩返しをする。どうやら、台湾の人々にはそうした態度が一貫している。
 じつは、今回の旅の目的のひとつは、西川満という人物を知る方々を訪ねて、その残した業績の一端に触れることだった。この人は、初代の会津若松市長・秋山清八の孫に当たる。3歳の頃に、父とともに台湾に渡った。そこで、多くの雑誌や本の編集や制作にかかわり、文芸の振興のために力を尽くした。敗戦とともに帰国するが、ついに会津へ戻ることはなかった。台湾時代の奔放さや華やかさからは遠い、いくらか不遇な後半生であったかもしれない。
 何人もの方たちが、懐かしそうに、ときには涙ながらに、この台湾において文学や美術の振興の基礎を築いた人物について語ってくれた。この人は愛され、尊敬されている。わたしがその名前を知ったのは、ほんの半年前のことだ。不明を恥じるが、おそらく日本人のあいだでは忘れられた存在ではなかったか。台湾の人々はここでも、かつて受けた恩義を忘れていない。
 祖父の秋山清八の「会津戦争秘記」を読みながら、戊辰戦争から150年に当たる来年、つまり2018年が、日本人によって西川満が再発見される年になってほしい、とひそかに願う。子どものために書いた『猫寺』という本は会津の昔話を素材にしたもので、その奥付にはわざわざ「福島県士族」という文字が記されてあった。
 いま、台湾では文学や芸術がとても大事にされている。福島の復興もまた、文化や芸術とともにある。あらたな絆が生まれてほしい。来年の夏、会津の地で、西川満との再会を果たすために、福島県立博物館で特別展を開催したいと動きはじめている。そのときには、台湾からツアーを組んで会津を訪ねますと、いったい何人の人が声をかけてくれたことか。きっと数十人をはるかに超える友人たちがやって来る。会津の雪景色も見たい、と決まって言葉を添える人たちに、また冬にも来てください、と答える。わたし自身の台湾通いも始まった。(赤坂憲雄、県立博物館長)

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