あぶくま抄・論説

あぶくま抄

  • Check

温泉宿の年越し(12月31日)

 雪をまとった木々の間を露天風呂の湯けむりが流れる。福島市の高湯温泉にある一軒宿の大みそかは、いつもの年と変わらぬ白い世界だ。「だいぶ積もったね」。還暦の主人夫婦が雪かきに精を出す。
 時折、動物の気配がする。雪囲いの中に入って、出た足跡-。物おじしないニホンカモシカが一夜の宿にしたらしい。夫婦は四半世紀にわたり二人三脚で山あいの桃源郷を守ってきた。優しく人を包む自然と手料理が自慢だ。なじみ客らにかわいがられて育った一人娘は春、社会人になる。
 宿は英国に不思議な縁がある。開業間もない49年前の冬、エリザベス女王のいとこのグロスター公ウィリアム親王が泊まった。少年時代から女王とスイス各地を滑って磨いたスキーの腕前を披露した。今は英国で活躍する県人会長が毎年、帰郷時に訪ねてくる。古里復興の力になりたい。尽きぬ夢を夜更けまで語り合う。思いは福島から世界に広がる。
 「震災後も変わらず、泊まりに来てくれるお客さまがいる。感謝しかありません」。夫婦は日々の営みの中で重ねた大切な出会いを振り返り、行く年を送る。新しい年、一人一人の県民に、どんな温かい出会いが待つだろう。

カテゴリー:あぶくま抄

あぶくま抄

>>一覧