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改憲と民族差別感(1月28日)

 福島の小学校以来の旧友から来た年賀状に「なんとか戦争を回避したいですね。私達にやれることはなんですか」とあった。それで私は早速、「女性『9条の会』」の改憲反対の署名用紙を送った。すると1週間の後にはもうその用紙の欄全体である10人分の署名が送られてきた。こうして協力できたことを幸せに感じた、もう10枚送ってくださいという意味の手紙が添えてあった。
 政治活動とは全く無縁だった女性たちも、実は改憲についてこのようにしっかり考え、何かできることはないかと考えていることが分かった。改憲反対の運動はもっと広げる必要がある。
 安倍晋三首相は、北朝鮮問題などをうまく利用して、今こそ改憲の「実現の時」と主張するが、私たちはその先に戦争への道が開いていく可能性が大きいと感じている。安倍首相は人を使うことが上手で、いろいろな分野についてアイデアや助言をもらい、調子のいい演説でそれらをうまく利用する。そのため多くの人は、安倍首相の考えることは新しく、現在によく対応していると信じてしまう。
 しかし、安倍首相の思想の心底には祖父岸信介由来のものがあると言われる。確かに多くの日本人には「強い日本」などという発想はないのではないだろうか。ただ「一強」と言われる安倍首相にくみしたい政治家たちはいるけれども。
 私が安倍内閣についてもう一つ心配しているのは民族差別の問題である。米国のトランプ大統領のように単純ではないが、日本人には理屈では十分分かっていても、感覚的には何か残っているものがある人々がいるのではないだろうか。明治以来、日本人はヨーロッパ文化が最上の文化であるかのように教えられてきたが、それは裏から見ればアジアの文化へのべっ視につながる。さらに終戦までは中国や朝鮮の人々に対して本当に申し訳ない差別感をたたき込まれた。敗戦はその誤りを痛切に反省させ、多くの日本人がその誤りを理解した。ただ差別感は理論だけでなく、無意識の感覚の問題も残り、それはなかなかきれいに拭えるものではない。
 それをここで言い出したのは慰安婦の問題である。日韓合意には「最終的かつ不可逆的な解決」という言葉があって、私はなぜそこまで言うのかと疑問に思っていたが、その必要を感じさせる両国の人々の微妙な気持ちがあったのではないだろうか。
 そしてその韓国の人々の気持ちを文在寅政府は賢明にも日韓合意そのものの変更を迫るのではなく、「自発的で心のこもった謝罪」を要求したのである。これは日韓合意などにおける日本政府の対応に、理屈ではなく、感覚的に差別感を韓国の人々が感じているからではないだろうか。この「自発的で心がこもった謝罪」が韓国側の精いっぱいの表現であったことに日本側は気がつくべきで、一方的に韓国政府に反発するべきではないと私は思う。
 (小島美子 国立歴史民俗博物館名誉教授、福島市出身)

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