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「たまきはる福島基金」の今(6月10日)

 先日、「たまきはる福島基金」の理事会兼総会を郡山で開催した。今年で7年目に入る同基金の活動などをご紹介したい。
 もともとこの活動は、東日本大震災による甚大な被害を受けた市町村の、子供や若者たちを後押しするような活動を支援したいと始めたものだ。設立に伴って作ったリーフの挨拶[あいさつ]文には、次のように書いた。「世界中に、支援したいと考える人々は大勢いる。その心を集結し、政府や東電では届かない場所に、お届けしたい」。要はあちこちから善意の御寄付を受けとめ、それを双葉郡を中心にした各市町村や個人の活動にも廻[まわ]していこうという基金である。
 理事には双葉8町村と川俣町の各首長になっていただき、主にそこからの推薦を受けたさまざまな活動を支援してきた。むろん国や東電の扱う金額とは桁が違うが、それでもこれまでに47件の事業に、総額5200万円以上支援してきた。これも毎年ご支援くださった中日新聞社事業部を初[はじ]め、定期的に御寄付を送ってくださる国内外の大勢の人々のお力添えのお陰[かげ]である。
 長野の善光寺さんや奈良七大寺からも巨額の御寄付を頂戴したし、外国ではスイス、ドイツ、ハンガリー、アメリカ、オーストラリアなどから篤志の御寄付をいただいた。
 詳しくは「たまきはる福島基金」のサイト(http://www.osyf.or.jp)をご覧いただきたいが、この「たまきはる」という言葉はもともと「いのち」の枕詞[ことば]。原発事故で「たまげた(魂消た)」人々になんとか魂が戻り、命の張りを取り戻してほしいとの願いを込めた。
 さて、今年の総会では飯舘村の菅野典雄村長に嬉[うれ]しい話を聞いた。各町村とも、それぞれ学校の子供たちの減少には悩んでいるわけだが、再開した飯舘中の3年生は22人おり、今は福島市界隈[かいわい]からマイクロバスなどで往復しているのだという。避難先や復興住宅近くの中学に通えばなにかと便利だろうに、なにゆえ片道1時間以上バスに揺られ、飯舘中まで通うのか、あるとき菅野村長さんは生徒たちに訊[き]いてみたらしい。すると生徒たちは口を揃[そろ]え、「自分は飯舘中の卒業証書が欲しいんです」と答えたらしい。「まったく涙が出てきますよ」と言いながら、菅野村長はその場でも目を潤ませていた。
 じつはこの基金の発想も、私ではなく理事の渡邊卓治さんの中学高校時代の同級生から始まっている。専務理事の管野光昭さん、事務局長の荒由利子さん、企画部長の鹿又和子さんなども皆同級生で、震災後なにかできないかと相談して私のところへ依頼に来てくれたのである。
 同級生パワーの凄[すご]さには驚く次第だが、今年からは被災地も新時代になる。なにより避難先で生まれた子供たちが小学校へ入るわけだが、彼らにとって被災町村は故郷ではないのだ。「たまきはる福島基金」はまだ終われないと、総会では一致した。
(玄侑宗久 僧侶・作家、三春町在住)

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