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【相馬野馬追の復興】未来へ続く希望の象徴(7月6日)

 相馬野馬追が東日本大震災と東京電力福島第一原発事故から七年を経て、ほぼ元の姿に戻る。今年は標葉[しねは](双葉地方北部の旧称)郷[ごう]による浪江町での出陣式と「お行列」などが八年ぶりに再開される。一日の「軍者会」には宇多郷、北郷、中ノ郷、小高郷、標葉郷の五つの騎馬会幹部が集った。役付辞令と肩証が交付され、祭事(二十八日から三日間)に向けた準備が最終段階に入った。今や被災地復興の大きな象徴だ。その意義と価値を示し、さらに盛り上げる必要がある。
 国の重要無形民俗文化財に指定されている祭事は、千年以上の歴史を誇るとされる。平安時代の中ごろ、関東の武将・平将門[たいらのまさかど]が始めたと伝わる。江戸時代に相馬中村藩を治めた相馬氏の祖とされる人物だ。祭典は甲冑[かっちゅう]で身を固めた約五百騎もの騎馬武者が集う世界でも類を見ないものとなっている。
 震災と原発事故で一時は存続さえ危ぶまれた。津波で担い手やその家族が犠牲になった。飼育されていた馬や武具も流された。事故で多くの住民が避難を余儀なくされる。事故直後は、祭りをつかさどる三神社のうち「野馬懸[のまかけ]」が行われる相馬小高神社が原発二十キロ圏内の「警戒区域」に、主会場の雲雀ケ原[ひばりがはら]祭場地と相馬太田神社が三十キロ圏内の「緊急時避難準備区域」に入っていた。
 それでも、犠牲者への鎮魂と、深い傷を負った相馬、双葉地方の復興と安寧を祈る相馬野馬追の継続は必要だった。関係者の努力で、避難指示が段階的に緩和されるとともに一年ごとに本来の形を取り戻していく。誰もが一歩ずつ進むまちの復興と重ねた。
 現代によみがえる勇壮な時代絵巻に対する関心は高い。世界的な日本ブームの中で外国人観光客が興味を持つ「サムライ」がそこにいる。外へ向けたPRは知恵を絞ればさまざまな方法が可能であろう。観光客が開催日以外に来ても楽しめるような体験・学習施設を充実させることも重要だ。地元に約二百五十頭は飼育されているという馬を活用する方法も考えたい。
 ただし何より肝心なのは観光客を迎える地元意識だ。震災前、祭事の担い手以外の住民は盛り上がる観光客に比べて冷めているという指摘もあった。ところが震災後、野馬追は復興の象徴として復活した。地元に住む人、避難して古里に思いをはせる人全てにとって、まちが未来へ続く希望となった。人々の思いが一つにつながった今こそ、歴史と価値を県内外に知らしめる好機でもある。(関根英樹)

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