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自動運転車と人の役割(7月8日)

 福島イノベーション・コースト構想議論の初期の頃、日本は位置情報測定システムの精度を向上させるために、準天頂衛星を打ち上げる計画を立てていた。高層建築や狭隘[きょうあい]な山間部が多い地域では、位置情報の精度が上がる。自動車の自動運転技術の性能も改善されると考え、福島で自動運転技術を開発する試験コースができないかと提案した。昨年の十一月の海外ニュースでは、米国フロリダ州はテーマパークや観光以外の収入源として、町や車道を模して、様々な走行路を加えた「試験用の町」が建設中と報道された。洪水や煙、霧なども模擬する。日本では公道での試験が主で、様々な悪条件を作って試験をする計画はまだ無い。
 米国では今年の三月十八日にアリゾナ州でウーバー社の自動運転車が、夜間の走行中に道路を横断していた女性をはねて死亡させた。通常のライトだと二十から三十メートルの視界だが、赤外線だと百メートルは見える。安全要員の運転手は動画を見ていたようだ。三月二十三日にはカリフォルニア州でテスラ社の電気自動車が高速道路を自動運転中に、中央分離帯に激突して運転手が死亡した。どちらも警報は出ており、運転手が対応して事故を回避するはずであった。自動運転技術では、最後に人に何を期待するかがとても大切だ。
 一九九四年に台北発名古屋行きの中華航空エアバスA300が大惨事を起こした。名古屋空港まで順調に飛行して来て、着陸の最終段階で副操縦士が誤って自動操縦の離陸上昇モードのレバーを引っかけてしまい、機首は一転上昇方向に向かった。それに気付かない操縦士は降下するため三十秒間も操縦桿[かん]を倒した。最終的にはエアバスはほぼ垂直になり失速して墜落した。欧州では操縦士の操作を自動運転より下位に見なしていた。一方、米国ボーイングは自動操縦中でも操縦士を優先する。人の役割の差が事故を生んだ。
 今年四月に、新幹線の運転士が居眠りをして、仙台駅へ入っても速度が落ちず、車掌が非常ブレーキをかけたと言う事もあった。勿論[もちろん]、新幹線を自動で止める事は容易だが、運転士は更[さら]に眠くなる。またイギリスでも自動運転中のテスラ車で、運転手が助手席に移ってしまい逮捕された。自動化は人間の役目を減らすので、このような事が起こる。
 国土交通省の研究会では、高齢化社会での自動車自動運転の必要性を踏まえ、事故時に被害者の早期救済のために、賠償責任は車の所有者が持つと言う方向性を提示した。実用化にはこのような議論は大切だが、現実を考えると自動車メーカーと運転手の責任分担は容易に結論が出せるものと思えない。ただ、高齢化の中で、自動車の自動運転技術はますます必要になる。公道の限られた環境のみでなく、フロリダ州が提案しているような「試験用の町」で、トンネル火災や急な降雪など、様々な試験環境下で技術を磨き、日本の複雑な道路状況に適応できる技術を開発すべきではないか。
(会津大学前学長、角山茂章)

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