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人情噺(7月15日)

 古典落語の人気演目「後生鰻[ごしょううなぎ]」は、桂歌丸さんの得意噺[ばなし]の一つだった。信心深いご隠居が蒲[かば]焼きにされる鰻の殺生を嫌い、鰻屋から買い取って川に放してやる。歌丸さんの高座では、鰻屋が金に目がくらみ、その女房が川に放りこまれての落ちとなる。
 元々は、川に落とされるのは小さい子どもだった。「どうにも残酷なサゲ(落ち)だね」と悩み、口うるさい女房に代えた。歌丸流の後生鰻は、奥方に頭の上がらぬ世の旦那[だんな]方に喜ばれたとか。名人芸の語りで笑いと涙を誘い、八十一歳で世を去った。
 「『芸は人なり』と言いますが、芸の中に演じ手その人が出るものです。人情味があれば人情味のある芸ができるし、薄情な人間には薄情な芸しかできません」。著書「歌丸ばなし」(ポプラ社刊)に記す。セールスマンも経験し、人生の機微に触れながら年輪を重ねた。
 日曜日の夕方は明日からの仕事を憂い、気が重くなる。テレビ番組「笑点」で大いに笑い、活力を得た人は多い。歌丸さんの一生は、壮大な人情噺と言えまいか。一徹な職人の思いに応え一生を添い遂げた花魁[おいらん]を語る「紺屋高尾[こうやたかお]」の結末が例える。「八十余歳の天寿をまっとうしました」と。

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