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【20歳の農業者】応援したい若い意欲(8月2日)

 県女性経営者プラザが募集した昨年の女子学生懸賞作文で金賞に輝いた遠藤亜美さん(20)は、緑の波が揺れる水田で、夢の実現に向けて気負いない一歩を踏み出した。亜美さんが生まれ育ったのは南相馬市鹿島区上栃窪。東日本大震災と東京電力福島第一原発事故が地域から奪った豊かな農業の風景を取り戻すという真っすぐな決意を「遠藤家、長女の想い」という作品に込め、審査員の心を強く捉えた。
 高齢化や価格低迷などによって多くの担い手が手を引こうとする米作りの世界に飛び込んだ亜美さんの一歩は、地域にとって大きな励みと刺激になるに違いない。
 遠藤家は父親で五代目、二百年以上の歴史を持つ米農家で、震災前までは親類から任された土地も含め約四・五ヘクタールでコシヒカリを作っていた。田植えや稲刈りでは大勢の人が集まり、祖母の真洲子さん(74)の手料理をにぎやかに囲むのが恒例だった。
 しかし、震災で一家は避難所を転々。真洲子さんは翌月、自宅に戻ったものの、亜美さんと妹二人、両親は相馬市に住むようになった。亜美さんは四季折々に変わる田園の風景や、にぎやかな農村の暮らしを失って初めて大好きだったことに気付かされた。
 亜美さんは相馬農高に進学したが原発事故の影響で米作りはできず、ようやく農業短大でのびのびと実習に取り組むことができた。
 古殿町の農家で体験した二週間の研修は刺激になった。「お母さんがパワフルでとにかく楽しそう」。米を作るだけでなく、自家米のおにぎり、米粉のお菓子などに加工し、道の駅に出荷していた。合理的な経営スタイルとともに、田舎の伝統も強みにしていた。農業に飛び込む手掛かりを得たような気がした。
 農業短大を卒業した亜美さんは今年五月、真洲子さんら家族とともに遠藤家の一・五ヘクタールにコシヒカリを田植えした。南相馬市の米生産者は震災前三千六十三戸だったが、平成二十九(二〇一七)年は四百九十二戸まで減少。高校の同級生でまともに米作りに取り組むのは亜美さんぐらいという。知人の農業法人で野菜作りを学び、市の若手農業者塾にも参加している。
 将来は自身も経営を法人化し、規模を拡大したい考えだ。真洲子さんは亜美さんの意欲は認めるものの「一人ではどうにもなんね」と限界も指摘する。亜美さんは「地域のおじいちゃん、おばあちゃんの知恵も借りて進めたい」という。地域の将来のためにも、若い意欲への温かい支援が必要だ。(佐久間 順)

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