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チキンカツの思い出(8月23日)

 福島市松浪町の福島三小に隣接する食肉店が二月末に店じまいし、もうすぐ半年になる。夏休みに帰省した人から問い合わせが相次ぐ。「チキンカツはもう食べられないの?」。店のおばちゃんは「ごめん。今までありがとね」と頭を下げる。
 チキンカツがおいしいと評判だった。誰にも教えない秘伝の下ごしらえで、鶏肉のうま味がじゅわっと口の中に広がる。放課後は熱々の揚げたてを頬張る児童の笑顔がはじけた。「交通事故に気を付けて」「家族を大切にするんだよ」…。さりげない一言が、子どもたちを優しく育んだ。営業五十年の節目に、七十七歳で店を閉じた。
 地域に親しまれる店の存在は大きい。住民の暮らしを支え、子どもたちを見守り、帰省者を迎える。離れて暮らす人にとって、古里の味、作り手のぬくもりは心のよりどころでもある。便利さと効率性が求められる時世にあって、そんな店は少なくなった。
 一部が居酒屋に改装され、娘夫婦が思いを引き継いだ。かつての常連だった子が大人になり、客として杯を傾ける。おばちゃんも時々顔を見せ、成長を喜ぶ。長年愛された、あの名物はない。思い出というさかなも、またうまい。

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