あぶくま抄・論説

日曜論壇

  • Check

モンゴルの風に想うこと(9月2日)

 七月の半ばに真夏日が続く日本を抜け出して、親しい友人らとモンゴルを旅した。この国は中央アジアに位置し、南側にはゴビ砂漠があり、国土の大半は、とてつもなく広大な草原が広がっている。日本の約四倍の国土に約三百二十万人が住んでいるが、その半数近くが首都ウランバートルに居住している。ちなみにウランバートルとは、モンゴル語で「赤い英雄」の意味である。
 モンゴルへの旅は行きの飛行機の中から出会いがあった。隣席の年輩の男性から声をかけられ互いに自己紹介やら、人生の生き方など五時間余途切れることなく会話が弾んだ。この方は九十歳を超えていたが、矍鑠[かくしゃく]としていて、国立大学の教授として電波送受信用のアンテナの開発・研究等を行った貴重な体験を語ってくれた。
 私は、数年前まで四年間ほど日本相撲協会の理事を務め、モンゴル出身の力士とも面識があり、彼らが育まれた国土に興味があった。
 モンゴルは、初めての訪問だったため、見ること聞くこと全てが興味深かった。遊牧民の移動式住居(ゲル)仕様の宿泊施設「ゲルハウス」にも宿泊した。丸形のテント作りの家で、十畳間くらいの広さの真ん中に天井を突き抜けた薪[まき]ストーブが据え付けられており、ベッドと応接セットがあるだけの至って簡素なもの。驚いたことに、トイレやシャワーの設備はなく、遠く離れた建物まで行かなければならなかった。というのは公式的な説明で、ふらっと外に出ればゲルの周りは果てしなく広がる草原の中。冷風は気持ちよく、人の目を気にすることなく行動ができた。これが正直な答えである。
 一番感激したのは、ゲルを抜け出して眺めた満天の星。照明もない草原の中に立ち、漆黒の中から見た満天の星は、言葉では表せないくらいに、ただ美しく、星空に吸い込まれそうな感覚を覚えた。最高のシーンを眺めようと、夜中何度も寝たり起きたりしながら天を仰いでいた。
 日頃、人間の争いごとを解決することを生業[なりわい]とする弁護士という仕事が、とてつもなく卑近な、小さなものに思えた。羊などの肉料理も口に合った。接したモンゴルの人々は、皆親日的で優しかった。
 世の中で何が起こっているかとは、ほとんど無関係に、何千年も前からの放牧の生活を守り続け、家畜と共に質素に生きている遊牧民の姿に感動を覚えた。
 最近、戦時中シベリアからモンゴル国内の収容所に送られた日本人捕虜の生き様を描いた胡桃沢耕史著「黒パン俘虜記」を読み、モンゴルは確かに草原は美しく、気持ちの良い風が吹いているが、冬になると零下三〇度という極寒の地となるのだと知った。その極寒の地で日本人捕虜は寒さと疲労と食糧不足に斃[たお]れ、何千人もの命が失われたと知った。滞在中に日本人墓地を訪れ、慰霊の碑に手を合わせた。
(宗像紀夫・内閣官房参与・弁護士、三春町出身)

カテゴリー:日曜論壇

日曜論壇

>>一覧