あぶくま抄・論説

あぶくま抄

  • Check

会津と伊勢(9月12日)

 八十二歳になった新島八重が詠んだ。〈いくとせかみねにかかれる村雲のはれて嬉しきひかりをそ見る〉。一九二八(昭和三)年九月、会津藩主松平容保[かたもり]公の孫に当たる勢津子さまと昭和天皇の弟の秩父宮雍仁[やすひと]親王のご婚儀を祝した。
 「朝敵」とされた会津藩の汚名をそそぐ出来事に、会津の人々は沸いた。戊辰戦争から六十年がたっていた。鶴ケ城の籠城戦で銃を持ち、戦い抜いた八重も思いは同じだった。長年、会津に立ち込めていた雲が吹き飛び、希望の光が差し込む。郷里に新しい時代が訪れると喜んだ。
 勢津子さまは結婚する直前まで「節子[せつこ]」と名乗った。雍仁親王の母である貞明皇后の名「節子[さだこ]」と重なるため、改めた。古里・会津と皇室ゆかりの伊勢(三重県)から一字ずつ取った。容保公の実弟が伊勢の桑名藩主松平定敬[さだあき]公という縁もある。
 会津信用金庫と友好関係にある伊勢の桑名信用金庫の顧客ツアーが十一、十二の両日、初めて会津若松市を訪れている。真っ青な秋空の下で、二つの地域をつなぐ歴史、文化、人物に触れ、さらなる交流を誓う。会津の発展を願い続けた勢津子さまの心は、生誕百十周年と成婚九十周年の節目に再び輝きを放つ。

カテゴリー:あぶくま抄

あぶくま抄

>>一覧