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「平七夕まつり」の歴史(9月16日)

 平成三十(二〇一八)年、いわき市の「平[たいら]七夕[たなばた]まつり」は八月六日から八日にかけて行われた。前線を伴った低気圧や台風13号の影響で、三日間とも空模様を気にかけながらの開催になった。
 ところで、近年、研究者たちの努力によって、「平七夕まつり」の歴史が明らかになった。
 「平七夕まつり」が始まったのは昭和九(一九三四)年のことだった。それは昭和十(一九三五)年八月六日付けの新聞『磐城時報』に掲載された「昨夜から開始された平町新興名物『七夕祭り』は今年第二回のこととて各商店とも秘策を練って新奇を競い七[なな]彩[いろ]の色紙を吹流し、さては照明[しょうめい]燈[とう]に美と粋[いき]を凝[こ]らして夜の巷[ちまた]に『天国の夢』を現出した」という記事でわかる。昭和十年の「平七夕まつり」が第二回だというのだから、第一回が開催されたのは、前年の昭和九年のことになる。
 また、そうであることを裏付ける別の新聞記事もある。昭和九年八月十七日付けの『磐城新聞』に「本格的に飾り立てるのが今年始めてであり乍[なが]ら三町目辺[あたり]各戸の趣向[しゅこう]振[ぶ]りが殆[ほとん]ど処女作的のものとは思われぬ迄[まで]に堂に入ったもの」という記事があり、本格的に飾り立てる七夕が始まったのが昭和九年だったことがわかる。
 ところで、昭和九年よりも前、平のまちでは本格的なものではない、揺籃期[ようらんき]の七夕が行われていた。昭和五(一九三〇)年には三町目の七十七銀行平支店が店頭に七夕飾りを飾った。また、昭和六(一九三一)年には大町の難波医院が仙台風の七夕飾りを飾った。そして、昭和七(一九三二)年には三町目商店街の数名の有志がそれぞれの店先に七夕飾りを飾った。このような取り組みの積み重ねが、昭和九年の第一回「平七夕まつり」の開催につながったのだ。
 しかし、昭和九年に始まった「平七夕まつり」が、その後、毎年、開催されたのかというと、そうではない。戦時色が強まった昭和十三(一九三八)年五月、国家総動員法の施行によって、紙などの物資の統制が始まり、紙をふんだんに使う「平七夕まつり」は、この年から中止になった。
 第二次世界大戦後、「平七夕まつり」が復活したのは昭和二十三(一九四八)年のことだった。その時の復活に向けての動きは、昭和二十三年七月十七日付けの新聞『いわき民報』に「終戦満三年を迎え、仙台、水戸など既に復活し盛大な七夕祭が行なわれており、資材面も相当豊富になって来たから市内各商店街の協力に依って復活させる事を申合せた」と紹介されている。そして、その後、「平七夕まつり」は毎年、開催されている。つまり、「平七夕まつり」は昭和九年に始まり、戦前に四回、そして、戦後は今年までに七十一回、開催された。合計で七十五回、四分の三世紀もの歴史を刻んだことになる。
 祭りの準備や運営など、さまざまな困難や苦労があると聞くが、それらを乗り越え、多くの人々に夢や感動を与える「平七夕まつり」を今後も開催し続けて欲しい。
(夏井芳徳 いわき明星大学客員教授)

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