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【松江豊寿記念碑】人の心をつなぐ(9月20日)

 会津出身で第九代若松市長を務めた松江豊[とよ]寿[ひさ]の記念碑が会津若松市の會津風雅堂前に建つ。松江は古里の発展に尽くしたばかりでなく、どんな相手をも尊重する友愛の精神を貫いた人物として知られる。二十二日に行われる除幕式には、松江の功績と精神をたたえ、関係者が集う。広く世界に伝えるシンボルとして期待がかかる。
 松江は旧会津藩士の長男として生まれた。陸軍の軍人となり、第一世界大戦中は、徳島県鳴門市の板東俘[ふ]虜[りょ]収容所長としてドイツ人捕虜に人道的に接した。自由な生活を許し、周辺地域にドイツの技術や文化をもたらした。ベートーベン作曲「交響曲第九番合唱付」が、捕虜によって日本で初めて演奏された。エピソードは映画「バルトの楽[がく]園[えん]」の公開とともに有名となった。
 今年は「第九」初演から百年、会津では戊辰戦争百五十周年の節目が重なる。会津若松商工会議所など地元団体による松江豊寿記念碑建設事業実行委員会が設立され、建設費用を広く募金してきた。これまでに約七十の団体、個人から寄付が寄せられた。記念碑のデザインは松江の精神が世界に広がるよう、地球をモチーフとしている。地元企業が開発した特別な漆塗料も使っている。
 除幕式には、泉理彦鳴門市長はじめ徳島県からの関係者が出席する。鳴門市では六月に百周年記念事業が展開された。市内には松江の銅像が建立された。鳴門市では、収容所の関連資料を国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」(世界記憶遺産)に登録しようと、動きが活発化している。銅像と記念碑の完成を契機に、松江を世界に発信する取り組みの輪を広げてほしい。
 二十四日には、会津第九の会主催の演奏会が會津風雅堂で予定されている。福島空港利用のチャーター便で、徳島からも合唱の出演者が多数訪れる。一九九五(平成七)年の鳴門ライオンズクラブ(LC)と会津若松鶴城LCの友好クラブ締結から始まった交流が、大きく拡大するチャンスでもある。多くの人と人の心をつないでいくのは、分け隔てなく人と接する松江の精神を受け継いでいくことそのものと言える。
 うれしいのは、松江の子孫と南洋開発でシュガーキングと呼ばれた弟春次の子孫合わせて八人が、家族と共に除幕式に駆け付けることだ。松江との直接の記憶が残っている子孫も会津を訪れる。松江の素顔に触れる好機にもなりそうだ。(安斎康史)

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