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峠(9月30日)

 「破軍星[はぐんせい]」と「五間梯子[ごけんばしご]」の旗が、会津若松市の秋空に翻った。庄内藩(山形県)二番大隊と長岡藩(新潟県)の印である。会津藩と共に、戊辰戦争で戦った。百五十年の絆をつないで先週、関係者が会津まつりに参陣した。
 庄内藩は鶴岡に城を構えていた。酒田の豪商本間家の財力を背景に、最新の軍備を調えて徹底抗戦した。二番大隊長の酒井玄蕃[さかいげんば]は、新政府軍に連戦連勝して「鬼玄蕃」と恐れられた。盟友会津の開城でようやく刀を収めるが、最後まで敵に庄内の地を踏ませなかった。
 長岡藩家老の河井継之助は、会津藩の佐川官兵衛、桑名藩雷神隊の立見尚文[たつみなおふみ]らと協力して奮闘した。長岡城の奪還作戦で、八丁沖[はっちょうおき]という大湿地帯を渡り奇襲を仕掛ける。城を奪い返した直後、脚に弾を受けた。八十里越の峠を越え会津を目指すが、只見で没した。苦境にひるまず走り続けた人々の姿に、現代人はわが身を振り返る。
 作家の司馬遼太郎は小説「峠」で河井を描いた。原作とする映画「峠 最後のサムライ」が製作される。それぞれの義と意地を貫いた東北、北越の先人は、時代を分ける峠の上から何を見たのか。二〇二〇年の映画公開を楽しみに思いを巡らす。

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