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幸田露伴と亀谷坂(10月19日)

 「里遠し いざ露[つゆ]と寝ん 草まくら」。二本松市の亀谷[かめがい]坂に文豪幸田露伴の句碑が立つ。北海道で電信技士として働いていた一八八七(明治二十)年、文学を志し、東京を目指す。
 旅の途中、二本松で行き倒れ寸前となった。その時に詠んだ句がペンネーム「露伴」につながった。NPO法人亀谷まちづくり処[どころ]露伴塾と、交流拠点の亀谷坂露伴亭は十年目に入った。住民有志が地域おこしや露伴の研究、顕彰に取り組む。十一月十七日に二本松市コンサートホールで朗読ミュージカルを開く。
 一九一二年の著作に「努力論」がある。九月末、露伴塾の講座で紹介された。評論家の故渡部昇一さんが座右の書として愛読していた。「惜福」は福を使い尽くさず残す。「分福」は福を独り占めせず分け与える。「植福」は未来の福を願って種をまく。三つの言葉が大切と説く。
 露伴が二本松を訪れたのは百三十一年前の一日だけだった。縁を宝として、住民はまちおこしに生かす。「露伴は必死の覚悟で上京し、独学で道を究めた。生涯を知るにつけ、やる気が何より大切なのだと気付かされる」。中心となる男性が思いを表す。古里に「福を植える」息の長い活動は続く。

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