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【ふくしま駅伝30回】誇りと絆を次代へ(11月17日)

 市町村対抗県縦断駅伝競走大会(ふくしま駅伝)は十八日、白河市のしらかわカタールスポーツパーク(市総合運動公園)陸上競技場に三十回目の号砲が鳴る。七町村の連合チーム「希望ふくしま」を含む全五十九市町村・計五十三チームが白河-福島間の十六区間九十五キロで平成最後のタスキをつなぐ。深めてきた郷土への誇り、強めた選手と市町村間の絆を次代に受け継ぐ出発点になる。
 ふくしま駅伝は県内のスポーツ大会で初の市町村対抗戦として一九八九(平成元)年に始まった。初回は当時の九十市町村のうち四十四市町村が参加した。五回、六回大会で過去最多の八十九市町村に達した。合併により県内五十九市町村になってからは、二十五回大会で「希望ふくしま」が誕生し、全市町村参加が続く。
 五輪、世界陸上、箱根駅伝など国内外で活躍した選手が中・高生や一般の選手と一緒に走った。ふくしま駅伝から巣立った有望選手も多い。
 一方で、選手をはじめユニホームの製作費、試走や練習費を確保するのに苦労しながらも、古里の名誉を懸けて大会に送り出す町村もあった。指導者は仕事を終えた後や休日に時間を割いて選手の強化に当たった。ある大会関係者は陸上競技場のトラックをヒーター十台で暖め、走りやすい環境づくりに励んだ。
 十七日に白河市で行われる開会式では、三十回と二十回連続出場者を表彰する。加えて、市町村、大会関係者、指導者をはじめ歴代の選手、家族の支えなくして大会は成り立たない。炊き出しなどで盛り上げた地域住民、分け隔てなく声援を送り続けた人たちと共に三十回の歴史はあった。改めて胸に刻みたい。
 東日本大震災と東京電力福島第一原発事故が発生した二〇一一年の二十三回大会は災禍を超えて開催された。楢葉町の男性は、ふくしま駅伝で走るのが心の支えになった。浪江町の高校生は、散り散りになった同級生に頑張っている姿を見せたいと、避難先から臨んだ。広野町と飯舘村は選手を何とか集めて後半から出場した。
 一九九五年のふくしま国体に向けた選手の発掘・強化、スポーツを通した地域づくりが当初の目的だった。震災と原発事故後は、復興へ進む県内を活気づけ、県民に元気を届ける役割も果たす。
 回を積み重ねて強めた県土のつながりに思いを寄せ、選手、大会関係者、沿道で声援を送る人、見る人みんなで平成集大成のふくしま駅伝を成功させよう。(五十嵐稔)

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