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【飯盛山の新登録】会津の誇りを世界に(11月23日)

 会津若松市の「会津飯盛山白虎隊士墳墓域」が県内初の国登録記念物となる。国の文化審議会が文部科学大臣に答申した。近く正式決定する。戊辰戦争の歴史が国登録記念物になるのは全国で初めてだ。百五十年前の史実を改めて振り返りながら、未来に伝える好機と捉えよう。
 「白虎隊士墳墓域」は会津戦争で自刃した白虎隊士の墓を含む飯盛山の約千五百平方メートルで、慰霊団体の会津弔霊義会が所有、管理している。第九代若松市長で会津弔霊義会専務理事を務めた松江豊寿が中心となって一九二六(大正十五)年に墓前広場を拡張した。白虎隊士で東大総長を務めた山川健次郎、東武鉄道社長の根津嘉一郎らの協力によって、多くの参拝者を受け入れる現在の姿となった。
 登録地には、白虎隊士の墓のほかに、イタリアのローマ市から一九二八(昭和三)年に贈られた記念碑が立つ。周辺には、白虎隊の武士道精神を崇拝していたドイツ人父子の墓もある。父は現在の一橋大で教授を務め、息子は実業家として活躍した。父は帰国後、飯盛山訪問時の感激を「日本忠勇物語」に著した。飯盛山には、世界中が認める義の精神がある。会津若松市や関係団体は、国内ばかりでなく、海外に強く発信する体制を整えてほしい。
 登録記念物は、遺跡関係、名勝地関係、動物・植物および地質鉱物関係の三つに分類され、「白虎隊士墳墓域」は遺跡関係に入る。登録は百十件となる。徳島県の「南海地震徳島県地震津波碑」は昨年、遺跡関係として登録された。同県教委が二〇一六(平成二十八)年度に県内の地震津波碑を調査し、江戸時代から昭和にかけて三度あった南海地震を記した十九基が対象となった。県教委や地元市町村は登録後、碑文を現代語に訳し、碑文の脇に説明板を設置する事業を始めた。南海トラフ巨大地震の懸念がある中、先人が残した記録や教訓を地域に伝え、防災意識を高めているという。効果的な活動を考えるには、他の登録地の事業が参考になる。
 今回の文化審議会で、戊辰戦争の舞台となった棚倉町の「棚倉城跡」が国史跡、野口英世博士没後九十年を迎えた猪苗代町の「野口英世生家主屋」が国登録有形文化財として答申を受けた。これを機に、市町村や歴史関係の団体は、県内の戊辰戦争ゆかりの地を巡る歴史探訪のモデルや、会津の歴史に触れる新たなルートづくりなどに取り組むべきだ。広い範囲に及ぶため、県の後押しも重要となってくる。(安斎康史)

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