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【伊達氏発祥の地】梁川の魅力を広げよう(12月13日)

 伊達市は江戸時代の仙台藩祖伊達政宗で知られる伊達氏発祥の地と伝わる。梁川町は梁川城跡をはじめ歴史遺産が多い。市教委は来年一月、城跡の国史跡指定を文化庁に申請する予定だ。ゆかりの堂庭[どうにわ]遺跡の発掘調査や関連施設の整備も進める。魅力や知名度を広げるため、着実な取り組みを期待する。
 伊達氏の初代当主朝宗[ともむね]は今の茨城県にいた豪族で、源頼朝に仕えた。十二世紀末、伊達地方に移り、姓を中村氏から改めた。伊達氏は十三世紀の鎌倉時代前半、保原町の高子館から梁川に移ったとみられ、十六世紀の戦国時代中頃まで拠点とした。
 梁川城跡は全体の面積が約二十五万平方メートルある。現在は中学校や高校が立つが、土塁や堀、庭園が残る。庭園を中世の城郭内に設けているのは、今のところ東北地方では伊達氏だけという。本丸跡など面積の六分の一ほどが一九八二(昭和五十七)年三月、県の史跡と名勝に指定された。市教委は中世の武家社会を解明する上で極めて貴重で、国史跡にふさわしいとみる。
 指定されると、史跡の保存や修理、環境整備、関連事業の費用に国から補助を受けられる。それ以上に市民が古里への誇りや自信を持つきっかけの一つになる。
 堂庭遺跡内には氏神の梁川亀岡八幡神社(梁川亀岡八幡宮)がある。市教委の調査では約三千片の素焼きの土器「かわらけ」が見つかった。一族が結束を誓う儀式に使ったという。様式や地層の分析により、鎌倉時代前半の土器とされる。市教委は、梁川を拠点とした時期が鎌倉時代前半だったとの説を改めて裏付けたとみている。堂庭遺跡も将来、国史跡の指定を目指す。
 市は二〇一五(平成二十七)年四月、梁川亀岡八幡神社の隣接地に、イベント会場として使える「政宗にぎわい広場」を設けた。「梁川歴史と文化のまちづくり整備事業基本計画書」に基づき、今年四月には歴史と観光の発信地となる「まちの駅やながわ」を開設した。大枝城跡公園、さまざまな大きさの案内板も整備する。大枝城には一六〇〇(慶長五)年の関ケ原の合戦に合わせて政宗が陣を敷いたと伝わり、土塁や空堀の一部が現存する。案内板は施設の紹介や観光客の誘導に役立つ。早期の完成とともに有効に利用されることを望む。
 歴代当主が取り組んだまちづくりは、十七代政宗が新たな領地として与えられた仙台で実を結んだ。礎は梁川で培われたという歴史を観光誘客や地域おこしで積極的に生かしてほしい。(川原田秀樹)

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