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野口博士の偉業に感激 ガーナ大統領、猪苗代訪問

 ガーナのアクフォアド大統領は十三日、猪苗代町を初めて訪れ、同国で黄熱病の研究に当たった町出身の世界的細菌学者である野口英世博士の生家などを視察した。野口博士が一九二八(昭和三)年、ガーナで黄熱病に感染して五十一歳で殉職してから九十年となる。町民らは博士の遺志を受け継ぎ、ガーナとのさらなる交流を誓い合った。
 アクフォアド大統領は野口博士の生家がある猪苗代町の野口英世記念館を訪れた。入り口で、野口博士の母校である町内の翁島小の全児童約六十人がガーナ、日本両国の国旗を振って出迎えた。大統領は精いっぱいのもてなしに笑顔で応えた。
 館内でガーナゆかりの資料などに興味深く見入った。野口博士が黄熱病で亡くなったと証明する解剖検査記録の前では、ガーナ大野口記念医学研究所が六月、記念館を運営する野口英世記念会に記録を寄贈した際に立ち会ったオチェレ駐日ガーナ大使に説明を求め、熱心に耳を傾けた。
 大統領はガーナの日本大使館前の道路に野口博士の名前が付けられたと紹介。今もアフリカで遺徳がしのばれているとし、「野口博士が残した素晴らしい業績に改めて感激した。博士を通じて日本とガーナの両国は素晴らしい関係を築いており、今後も大切に守り発展させていきたい」と意欲を示した。
 記念会理事長の八子弥寿男さん(81)は「歳月は経ても野口博士を忘れないガーナの人々の思いに感動した」と胸を熱くした。

■記念碑除幕、歓迎の列
 大統領は日本とガーナのさらなる友好を祈念し、町内のホテルリステル猪苗代でソメイヨシノを植樹した。前後公町長らとソメイヨシノの若木二本にスコップで土をかけ、植樹の記念碑を除幕した。足元に雪が残る猪苗代町の冬を肌で感じながら、前後町長と笑顔で握手を交わした。
 町役場で前後町長と会談した。町が米どころであるのを踏まえ、自国で水稲栽培技術や農産物の加工技術を向上させ、農家の収入増につなげる可能性を探りたいとする考えを示した。
 二〇二〇年東京五輪ではガーナのホストタウンとして町でガーナ選手団の事前キャンプが行われる。「世界がうらやむようなガーナと日本、福島県、猪苗代町との末永い友好を願う」と期待した。
 野口英世記念館で歓迎の列に加わった翁島小五年の楠凌我(りょうが)君(11)は「はるばる海を越えて、日本の中で猪苗代を選んで来てくれてうれしい。東京五輪でガーナの人たちが町に来たら、もっと仲良くなりたい」と夢を膨らませていた。

【ガーナと野口英世博士猪苗代町との関係年表】
1927(昭和2)年11月 
 野口英世が黄熱病研究のためガーナ・アクラ着
1928年5月 
 野口英世が黄熱病のためアクラで逝去
1979年
 ガーナ大野口記念医学研究所設立(福島医大が設立協力)
1992(平成4)年
 ガーナ国立コレブ病院内に野口英世記念博物館開館
1993年10月
 ガーナ大統領ローリングス氏が野口英世記念館来館
1996年
 野口英世生誕120周年記念切手がガーナで発行
2002年10月
 ガーナ大統領クフォー氏が野口英世記念館来館
2007年8月
 ガーナ高校生よさこい交流研修来日(2011年、2017年にも来日)
2008年5月
 第1回野口英世アフリカ賞授賞式
2013年6月
 第2回野口英世アフリカ賞授賞式
2018年6月
 野口英世記念館で野口英世解剖検査記録贈呈式
2018年12月
 ガーナ大統領アクフォアド氏が野口英世記念館来館
2019年8月
 第3回野口英世アフリカ賞授賞式(予定)
2020年
 東京五輪でガーナ選手団が猪苗代町で事前合宿(予定)

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野口英世博士の解剖検査記録に見入るガーナのアクフォアド大統領(左)=野口英世記念館
野口英世博士の解剖検査記録に見入るガーナのアクフォアド大統領(左)=野口英世記念館
翁島小児童の出迎えを受けるアクフォアド大統領(左)=野口英世記念館
翁島小児童の出迎えを受けるアクフォアド大統領(左)=野口英世記念館

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