あぶくま抄・論説

日曜論壇

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12月8日(12月16日)

 十二月八日といえば、我々禅僧にとっては特別な日だ。お釈迦[しゃか]さまが今からおよそ二千五百年前、十二月八日の明けの明星を見て大いなる覚醒を得たという。その覚醒を追体験しようと、あちこちの道場では七日間、ほぼ不眠不休とも云[い]える坐禅に明け暮れる。三、四日は睡眠不足と疲労が積み重なり、幻覚なども体験するのだが、五日目くらいからは不思議に睡気[ねむけ]を感じなくなる。お釈迦さまと同じような覚醒が得られるかどうかはともかく、よくもこんな無茶なことをやり終えたものだと、私は道場である種の高揚を感じたものだった。自分を見くびってはいけないと、毎年この日には思ってきたような気がする。
 八日は各地の禅寺で、「成[じょう]道[どう]会[え]」と呼ばれる儀式が行なわれる。僧侶だけでなく檀信徒も集まり、大抵は釈迦出山図(あるいは出山釈迦図)という軸物を掛けてお経を唱え、蓬髪[ほうはつ]で倒れそうなお釈迦さまの姿に御焼香してその御労苦を偲[しの]ぶのである。
 そんな十二月八日に、しかも同じ未明に、あのことも起こった。あのことと云えば、一定以上の年齢の方々はむろん「真珠湾攻撃」を憶[おも]いだすことだろう。そう、世間的には、たぶん十二月八日は一九四一年の太平洋戦争開戦記念日としてのほうがよく知られている。
 仏教を奉じる者とすれば、なにゆえこんな日にと、どうしても思ってしまう。日本時間では八日の午前三時十九分、だから道場では大勢の修行者たちが最後の禅定に入っていた頃である。あるいは道場によっては雲水が老師の部屋に入室し、一人ずつ心境の深まりを披瀝[ひれき]していた頃かもしれない。
 今年も、真珠湾攻撃から七十七年を迎えたハワイでは、真珠湾に面した公園で恒例の追悼式典が開かれた。式典には真珠湾攻撃の生存者四十人を含め、米退役軍人や日米関係者二千五百人が出席したという。米インド太平洋軍のデーヴィッド司令官はそこで「われわれは大きな犠牲を払ったが、平和を勝ち取った」と挨拶[あいさつ]し、太平洋とインド洋の安寧のため日本との協調を訴えたらしい。
 なるほど、やがてこの日が、戦略を離れて平和を祈る日になるのならば、お釈迦さまの成道とも矛盾しないかもしれない。
 毎年この日はそんな複雑な思いに捉えられるのだが、今年は新たな出来事が起こった。数日前から境内で井戸のためのボーリングを進めており、四十メートルでは毎分二十リットルだった水量が、七十一・五メートルまで進むと毎分約六十リットルも湧き出したのである。
 今後、十二月八日は、あらゆる命の尊さに目覚めたお釈迦さまを思い起こし、また非戦の誓いを生活の中でも新たにし、そして地球というこの素晴らしい環境にも感謝する日にしよう。
 境内の地下の岩盤の間から、水が豊かに湧きでたことはむちゃくちゃ嬉[うれ]しい。湧きでる水を眺めながら、私は雨水がかくも浄化されるまでの遙[はる]かな時間を想[おも]う。七十七年では恐らくまだ足りない。(玄侑 宗久、僧侶・作家、三春町在住)

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