二十一世紀に入り、電力を取り巻く環境が大きく変化しようとしている。原子力発電では、プルサーマル計画という核燃料の再利用システムが当初目標より大幅にずれ込み、スタートのめどすら立っていない。国策とされる再利用システムが立ち往生している背景には、現在の態勢に対する不信感とともにエネルギー政策に、より積極的にかかわろうとする立地県の意識の高まりがある。国民生活の基盤となるエネルギー政策の揺れを立地県から問い直す。

 

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届かなかったシグナル

県と東電の認識に隔たり

(1月6日(日)掲載)

 昨年三月初めの午前九時すぎ。東京の東京電力本店の会議室に役員が顔をそろえた。本県の“出城”となっている福島事務所の山内洋三所長も朝一番の新幹線で駆けつけていた。役員の表情は一様に険しかった。
 佐藤知事が「プルサーマルの導入は当面あり得ない」と県議会で表明したのは数日前。福島第一原子力発電所3号機へのプルサーマル導入が一年前に続き、延期の危機に立たされたからだ。
 山内所長は知事の発言内容や県庁内、県議会の雰囲気をあらためて報告した。沈黙が流れた。一人の重役の「分かった」という声だけが響いた。
      
 県と地元町は平成十年十一月、「国民理解の推進」などの条件付きで、東電のプルサーマル計画を事前了解した。県と地元町に対する東電の手続きは終わり、「青」のシグナルがともった。
 プルサーマル用核燃料が欧州から福島第一原発に海上輸送で着いたのは翌十一年九月二十七日。その三日後、茨城県東海村で臨界事故が起き、年末に作業員は死亡した。その後、関西電力高浜原発で使う予定だったプルサーマル用核燃料のデータねつ造も分かった。東電は十二年春、最初の導入のタイミングを自らの判断で見送った。 知事は臨界事故の発生のころから、月一度の定例会見や原発のトラブルのたびに「国民理解は後退している」と発言するようになった。東電の本店には福島事務所から、その都度「赤の点滅信号」として情報が届けられていた。手続きを終えていたためか、「福島は青」と楽観する幹部が多かった。本店と福島事務所の認識は必ずしも一致していなかったようにみえる。
 プルサーマル計画が止まっている今、県幹部は「知事は直接的には言わなかったが、真意はくみ取れたはず」と振り返る。東電の幹部の一人は「プルサーマルなどの核燃料サイクルについて、大きな問題としてとらえる意識に欠けていた」と受け止める。
      
 南直哉社長が知事と面会する回数は減り、昨年は数回だけだった。プルサーマルの導入が微妙だった昨年、実現しなかった南社長の知事への年頭あいさつは、あさって八日に予定されている。
 東電はわずか十分間の恒例行事の復活さえも「一歩前進」ととらえている。「まずはコミュニケーションから」。国の担当者も思いは同じだった。

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