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会津中街道 周遊拠点に 文化財や自然活用 町、遊歩道など整備

 下郷町は会津地方と栃木県を結ぶ旧街道「会津中街道」の文化財や自然を散策できる環境を整備し、歴史を生かした新たな観光名所をつくる。江戸時代の石碑を巡る遊歩道を設け、山奥にある滝に展望台を開設する。町内の主要観光地の大内宿に加え、会津中街道にも足を運んでもらい周遊型観光につなげる。

 江戸前期に整備された会津中街道は参勤交代に使われたが、明治期以降は廃れた。開発が進まなかったため、街道沿いに石碑や石仏などが残っている。歴史の道として地域振興に活用する民間団体が誕生し、町も遊歩道整備などで活動を後押しする。
 町は昨年、車両が通行できる林道から街道開設時の「奥州駒返(こまがえし)坂」石碑に上る八十段の遊歩道を整備した。年内に林道から江戸中期の石仏「中峠の観音像」までの遊歩道約150メートルを設ける。戊辰戦争の会津藩士の戦死地ともいわれる場所だ。平成29年度は落差が50メートル以上ある「日暮滝(ひぐらしのたき)」に展望台を新設する予定。麓の観音沼森林公園とともに景観を売り込む。
 町内には年間100万人近くが訪れる大内宿や塔のへつりがあるが、周遊型観光の実現が課題となっていた。会津中街道が周遊拠点の1つになることで滞在時間が延び、町内の湯野上温泉の宿泊者増も期待できるという。
 星学町長は「下郷は魅力のある場所が多い。各地点をつないで線にし、観光客がゆっくりと楽しめる町にしたい」と話している。

※会津中街道
 元禄(げんろく)8(1695)年に会津藩主松平正容(まさかた)によって整備された。会津西街道(下野街道)が地震で遮断されたための代替道で「松川街道」「宇都宮街道」などとも呼ばれる。若松城下と奥州街道の氏家宿(栃木県さくら市)の約125キロを結び、弥五島(下郷町)など18宿が設けられた。福島、栃木県境には大峠(1、468メートル)がある。参勤交代に使われ、会津藩のコメなどの重要な輸送路だった。災害で開設9年後に脇街道に編入されたが、その後も多くの人や物資が往来した。会津若松まで鉄道が整備された明治期以降、急速に衰退した。

カテゴリー:2016 下郷町

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