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果物に活路見いだす 独学でブドウ、サクランボ 震災後シイタケ農家から転身

ブドウの木を手に「平田産の果物をPRしたい」と話す駒木根さん
 東京電力福島第一原発事故の影響でシイタケ栽培を断念した平田村の農業駒木根(こまきね)茂さん(59)は果物栽培に乗り出し、村の特産品化を目指す。事故翌年に植えたブドウを昨年夏、初めて収穫し、サクランボの苗木も順調に成長している。味がよく安全・安心なフルーツを全国に売り出し、古里・平田の名を広めたいと張り切っている。

■特産品目指し奮闘

 駒木根さんは農家の4代目。原発事故前、約2000平方メートルの広さがあるビニールハウス10棟で原木シイタケを栽培し、干しシイタケを製造していた。出荷量は原木シイタケが年間約8トン、干しシイタケが約500キロに上った。
 「3・11」後、充実した生活は一変する。県の放射性物質検査で原木から放射性セシウムが検出された。使わないよう要請され、20歳で始めたシイタケの生産を諦めた。「つらかった。理不尽だと感じた」
 原発事故前から、妻マシ子さん(57)は自家製の干しシイタケが入ったおこわを作り、道の駅ひらたで販売し好評を集めていた。家で作ったシイタケが使えなくなったため、岩手県の仲間から仕入れて2人で作り続けた。
 「先祖代々、受け継いできた畑を遊ばせておくわけにはいかない」。再起を決意したのは原発事故から1年が過ぎた平成24年。一度食べて味の良さを知ったブドウの県オリジナル品種「あづましずく」などの苗木10本、サクランボは「佐藤錦」など36本をビニールハウス内に植えた。平田村は標高が高い。霜の被害を心配する必要がないよう露地栽培ではなくハウス栽培を選んだ。
 本を読み、インターネットを使って栽培法を覚え、自己流で手入れを続けた。ブドウは27年に実が付き始め、昨年は約150キロを収穫した。道の駅で販売したところ、購入した人から「甘くておいしい」という声が届いた。
 サクランボは昨年、実が付くようになり、2、3年後には収穫できるようになる。
 駒木根さんは村農業委員会長の傍ら、村内の農業者5人と昨年6月、「ひらた有機の会」をつくり、会長を務めている。仲間と一緒にサツマイモやコメの有機栽培に取り組んでおり、いずれは自家製の果物と一緒に道の駅の店頭に並べる考えだ。
 「果樹を栽培し希望が見えてきた。村の農業は原発事故に負けていないと多くの人に知ってもらいたい」。みずみずしい平田産フルーツが全国に流通し、食べた人を笑顔にする日を夢見ている。

カテゴリー:2017 平田村

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