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山木屋住民に寄り添う 浪江から避難の生活相談員 戸川謙一さん 43 同じ境遇「恩返しを」

同じ避難者としての目線を忘れず、住民の心に寄り添う戸川さん(左)
 川俣町原子力災害対策課の生活相談員を務める戸川謙一さん(43)は東京電力福島第一原発事故に伴う避難指示が3月末に解除された山木屋地区の住民を戸別訪問している。自身も浪江町からの避難者だ。古里を追われた悲しみや生活再建への苦悩を分かち合い、不安を抱える背中をそっと押している。

 「震災前の生きがいは何でしたか?」。山木屋地区の住民が暮らす農村広場仮設住宅。戸川さんが柔和な笑顔で語り掛ける。おしゃべり、卓球、山歩き-。何気ない毎日を奪われた気持ちは痛いほど分かる。質問は交通手段、放射線への不安など多岐にわたる。決して事務的にならないよう、じっくりと耳を傾ける。聞き取った内容を町の各課に報告し、住民の顔を思い出しながら支援方法を提案している。
 20歳から東電の協力会社の社員として福島第一原発内の設備機能検査や点検に携わった。原発事故で自宅がある浪江町川添地区が居住制限区域となり、妻、子ども3人と避難したのが川俣町だった。避難所を経て平成23年8月から中山工業団地仮設住宅に移った。自治会長として入居者を支えた。
 県の絆づくり応援事業で民間会社から派遣され、同年9月から川俣町原子力災害対策室(当時)に勤務した。放射能の知識を生かし、町内の放射線量測定や食品の放射性物質濃度検査などを担ってきた。今春、山木屋地区の避難指示解除を控えていた町は住民の生の声を聞く生活相談員を探していた。避難経験者の視点を共有できるとして戸川さんに白羽の矢が立った。「違った形で川俣に恩返しがしたい」と快諾した。
 4月下旬から仮設住宅の巡回を始めた。隣町の浪江出身と伝えると相手の表情が明るくなる。津島地区で山菜を採ったり、請戸漁港近くで魚を食べたりした思い出で盛り上がる。「浪江なら俺が言いたいこと分かっぺ」。自然と心の距離が縮まる。山木屋地区自治会の広野太会長(67)は「避難者の状況を把握し、内面も分かってくれているから心強い」と感謝する。
 古里の浪江町には帰らないつもりだ。28年11月から川俣町の県営災害公営住宅で新たな暮らしを始めた。一方で避難者の中には山木屋に戻っても一人では寂しいと仮設住宅にとどまる人や、いまだ行く末を決められない人もいる。今後は借り上げ住宅や山木屋で暮らし始めた人の元も訪れる。
 「避難者は被害者であると常に意識したい」。同じ境遇を歩んだ人々の心に寄り添い続ける。

■山木屋地区 159人帰還
 川俣町によると、3月末の避難指示解除に伴い帰還した川俣町山木屋地区の住民は1日現在、72世帯、159人。住民登録者(309世帯、973人)に占める割合は世帯数で23・3%、人数で16・3%となっている。町内2カ所の仮設住宅には76世帯、134人、借り上げ住宅には89世帯、185人が暮らしている。

カテゴリー:2017 川俣町

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