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移住者やデザイナー、地元農家ら連携 藍栽培から製品化まで 遊休農地利用地域の活力に

藍を栽培する畑で汗を流し、夢を語り合う林さん(左)と野内さん
 大玉村の遊休農地で藍の栽培や藍染めに取り組む団体「歓藍社」(かんらんしゃ)は藍染めのバッグや服、小物を製品化して東京や大阪で販売し、好評を博している。メンバーは今春、村に移住した東北大放射線生物学教室所属の研究者・林剛平(ごうへい)さん(32)をはじめ、デザイナーや建築家、地元農家ら25人。林さんらメンバーは「藍を村の新たな特産品に育て地域に活力を生み出したい」と目標を描いている。

 歓藍社は2016(平成28)年春に発足した。デザイナーやアーティスト、会社員ら東京、京都などで働く20~30代のメンバーがそれぞれの本職の専門性を発揮し、藍の栽培から染料作り、製品のデザイン、藍染めした布を使った小物作り、広報までを全て自分たちで行う。村内で農業を営む野内彦太郎さん(85)らが遊休農地や藍染めの拠点施設を提供している。
 バッグや服はメーカーに藍染めした布を提供し共同で製品化した。今年2月に大阪・梅田の阪急百貨店で初めて製品を披露し、3月に東京・隅田川周辺でのアートイベント、9月に大阪・梅田の阪神百貨店で販売した。各会場で藍の栽培や藍染めの工程を紹介したところ、反響が大きく好意的に受け止められたという。
 歓藍社の設立は、東京電力福島第一原発事故直後、当時京都大大学院生だった林さんが放射性物質測定で村を訪れ、野内さんと出会ったことがきっかけだった。野内さんの話から原発事故に伴う米価下落や後継者不足を背景に遊休農地が増えている村の実態を知った。
 「大玉村には魅力がある。風評で傷ついた農家の誇りを取り戻し、農業を再生させる道はないか」。林さんと学生時代の友人が集い試行錯誤した結果、栽培の適性と製品化の可能性から日本伝統の藍染めにたどり着いた。藍染めの伝統が残る徳島県などを訪れて藍の種を譲ってもらい、昨年5月から栽培を始めた。今年は栽培面積を昨年の約2倍の10アールに広げた。
 歓藍社代表の林さんは「遊休農地解消とともに藍を村の特産に育て、地域の活力と交流を生み出す場をつくり出したい」と目標を掲げる。今後は栽培農家の拡大が課題となる。22日には今年収穫した藍の種を村民ら希望者に配布し、栽培の輪を広げたい考えだ。古民家を改修し、地域の人々が集まる藍染め工房の構想も進める。
 林さん以外の県外メンバーは東京などで仕事をする傍ら月に1度村を訪れる。野内さんは「多彩な仕事に従事する若い人と一緒に活動することは刺激になる。村にも活気がもたらされる」と歓迎している。

カテゴリー:2017 大玉村

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