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「会津の心」記念碑に 第9代若松市長「第九」日本初演導く 松江豊寿 功績たたえ来年建立

松江豊寿の記念碑建設を協議した実行委員会
 第9代若松市長として市勢伸展に尽力した松江豊寿の記念碑が来年、古里の会津若松市に建つ。松江は第一次世界大戦時に徳島県鳴門市の板東俘虜(ふりょ)収容所長としてベートーベン交響曲第九番の日本初演を導いたことでも知られる。来年は戊辰戦争150周年と第九初演100周年に当たる。記念碑は会津武士の精神を貫き、人類愛と平和の尊さを今に伝える松江の功績を会津から国内外に発信するシンボルとなる。

 会津若松商工会議所、市、会津弔霊義会、会津若松観光ビューローなどでつくる記念碑建設事業実行委員会が27日に発足し、プロジェクトが動きだした。
 記念碑は多くの市民が集う會津風雅堂の入り口付近が候補に挙がっている。館内で「第九」が演奏される機会もあり、松江を顕彰するのに適地とみている。碑のデザインや材質、設置時期などは今後、委員会で協議する。費用は市民や企業から広く募る。金融機関への口座振り込みや店頭募金で受け付けるほか、クラウドファンディングの活用なども検討する。
 市内には松江を顕彰する記念碑がない。国家間の対立など国際情勢が混沌(こんとん)とする現在、敵対する立場になっても人の心で接した松江の寛容で強い意志を持ち合わせた精神を広く伝えるべきと発起人らが準備を進めてきた。
 松江を縁に福島と徳島の交流も深まってる。会津若松市と親善交流都市を結ぶ鳴門市では第九初演100年を記念して松江の銅像を建設する計画がある。
 委員会設立総会は市内の會津稽古堂で開かれた。発起人代表の渋川恵男会津若松商工会議所会頭を委員長に選出し、規約と事業計画を決めた。渋川会頭は「会津の心の象徴となる記念碑を建てよう」と呼び掛けた。事務局を担当する福島民報社から高橋雅行社長が出席した。
 委員長を除く委員は次の通り。

 ▽副委員長=新城猪之吉(会津若松観光ビューロー理事長)芳賀公平(会津弔霊義会理事長)▽監事=佐藤正二(市金融団幹事長・東邦銀行執行役員会津支店長)▽委員=室井照平(市長)宮沢洋一(NPO法人会津鶴ケ城を守る会理事長)飯盛正徳(飯盛山商店会長)二瓶孝文(会津青年会議所理事長)高橋雅行(福島民報社社長)


■建設募金 1日開始
 松江豊寿の記念碑建設募金の口座振り込みは11月1日から受け付ける。協力者のうち希望者には松江の生涯をまとめた冊子「俘虜を信頼 日本初の第九演奏へ 松江豊寿」を進呈する。希望者は郵便番号、住所、氏名、電話番号を記入し、福島民報社会津若松支社にファクスかメールで申し込む。ファクスは0242(38)2193、メールはmatsue@fukushima-minpo.co.jp 問い合わせは会津若松支社 電話0242(27)1511へ。
 振込先は次の通り。口座名義は「松江豊寿記念碑建設事業実行委員会 委員長 渋川恵男」。
 ▽東邦銀行会津支店(普通)24729255
 ▽会津信用金庫本店営業部(普通)1273655
 ▽会津商工信用組合本店営業部(普通)0335068


※まつえ・とよひさ 1872(明治5)年、旧会津藩士の長男として生まれる。1917(大正6)年、板東俘虜収容所長の時にドイツ人捕虜を受け入れ、軍上層部の反発を押し切って厚遇した。人道的な対応に感謝した捕虜らが日本で初めての「第九」演奏会を開いた。退役後の1922年に第9代若松市長となり、市民の生活向上のため水道事業などに尽力した。会津弔霊義会の専務理事も務め、飯盛山にある白虎隊の墓前整備などを進めた。1956(昭和31)年に83歳で死去した。弟の春次はサイパンで南洋開発に尽くし「シュガーキング」と呼ばれた。 

カテゴリー:2017 会津若松市

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