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声でつないだ7年 ひばりエフエム きょう閉局 チーフディレクター 今野聡さん 「これからも寄り添う」

原稿を読む今野さん。地域に愛されるラジオ局を目指し放送を続けてきた
 南相馬市の臨時災害放送局「南相馬ひばりエフエム」が25日、約7年の歴史に幕を引く。東日本大震災と東京電力福島第一原発事故後、生活再建に向けた情報を伝え、住民間の交流づくりにも貢献した。チーフディレクターの今野聡さん(47)=南相馬市鹿島区出身=は、市内在住の芥川賞作家柳美里さんと市民が対談する人気番組を手掛けた。今野さんは「最後まで皆さんに古里の声を届けたい」とマイクに向かう。

 今野さんは東京都の大学を卒業後、2000(平成12)年に里帰りするまで、都内の土木コンサルタント会社で建築物の模型などを製作していた。Uターン後も仕事は続けたが、2000年代中盤の不況時に職を失った。実家の農業を継ごうかと思った矢先、震災が発生した。
 震災から1カ月が経過した2011年4月、南相馬市が「南相馬ひばりエフエム」を開局。偶然、職員募集を目にした。「古里のために何かをしたい」。その一心で応募した。
 開局当初は支援物資配布のお知らせなど災害支援情報が中心だったが、時間の経過につれて聴取者同士が交流する場に変化していった。役割の変化は復興の進展を実感できる瞬間だった。その半面、人々は原発事故で崩れてしまった地域のつながりを求めていると感じた。
 2012年2月に収録が始まった人気番組「柳美里のふたりとひとり」では、出演交渉などを担った。柳さんは市民2人とテーマを設けずにひたすら話し、耳を傾けた。向き合った人はこれまで500人を超えた。放送は毎週1回、放送回数は最終日となった23日までに296回を数える。
 柳さんとゲストの市民が語る話題は多彩だ。人生の営み、地域に伝わる物語、世間話...。傍らで語らいを聞いているうちに自分の心境の変化を感じた。本当は古里が好きだったんだ-。都内の大学に進み、就職したのは、何もないと感じた古里を忌み嫌い、飛び出したかったからだ。「古里を愛するきっかけをつくってくれた柳さんに心から感謝したい」。今は古里が好きだと素直に言える。
 一昨年夏に南相馬市の避難指示の大部分は解除された。「南相馬ひばりエフエム」は災害発生を受けて臨時につくられた局だ。復興のつち音は力強くなった。市は一定の役割は果たせたとして局の看板を下ろす。
 閉局後は相双地方で復興に携わる職に就く考えだ。これまでに市民から聞いた数々の本音を胸に刻み、一人一人が真に復興を実感できる日まで寄り添う決意を固めている。

■特別番組を放送
 閉局に伴う特別番組「ありがとうひばりFM大感謝祭」は25日午前10時から午後3時まで、市役所西庁舎3階スタジオから生放送する。放送の模様は公開され、観覧もできる。放送開始当初の音源を披露しながら7年の歩みを振り返る。
 周波数は市内では87.0メガヘルツ。市外でもインターネット回線を利用したサイマルラジオ(http://www.simulradio.info/)か、スマートフォン向け無料アプリ「リッスンラジオ」で聴取可能。

カテゴリー:2018 南相馬市

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