ふくしまを詠む 黛まどかの俳句紀行

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福島~飯舘村 新「歌枕」を訪ねて 会いたい思い宿る

あいの沢の句碑を訪ねる黛さん=飯舘村

 身に入むや母恋ひの句に日のさして

※身に入む(みにしむ) 秋も深まって秋冷の気が身にしみとおるように感じられること。

 須賀川を発ち福島に宿をとった芭蕉と曾良は、翌朝恋の歌枕として名高い「しのぶ文字摺石」を信夫の里に訪ねた。

みちのくのしのぶもぢずり誰ゆゑに
乱れそめにしわれならなくに
源融

 都からの按察使[あぜち]であった源融は、村の長者の娘・虎女と恋仲になるが、ついに帰任の日を迎える。再会の約束を信じ、虎女は「文字摺観音」に100日参りの願をかけるが、満願の日を過ぎても都からは何の便りも来ない。失意の底で虎女がふと文字摺石を見ると、愛しい融の姿が映っていた。そこに先の歌が都から届くのだった。「しのぶもぢ摺り」とは、阿武隈川で採れる綾形石(表面に乱れ模様がある)に絹を当て、忍ぶ草を摺り込んで染めたもので、信夫の里の特産品であった。芭蕉が「しのぶもぢ摺りの石」を訪ねたときには、以前は山の上にあった石が谷に突き落とされ下向きに埋もれていた。村の子供の説明では「往来の旅人が文字摺りを試そうと、周辺の麦を荒らすので、村人が怒って突き落とした」ということだった。

 文知摺観音に「文知摺石」を訪ねた。苔むした石は直径2、3メートルはあろうかという巨岩で、別名「鏡石」という。虎女の伝説が口伝えに広がり、村人たちが思い人の顔を映し見にやってきたのだろう。確かに乱れ模様は見方によっては顔のようにも見えるだろう。「会いたい」という切なる思いが、石の表面に愛しい人の顔を描かせたのだった。

 千年来の歌枕の後は、原発事故で全村避難を余儀なくされている飯舘村を訪ねた。昨年7月、飯舘村は計画的避難区域から再編され、避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域となっている。「愛」による村づくりを推進してきた飯舘村では、十数年前「愛」をテーマに俳句を募集し、地元産御影石を使ってあいの沢地区に二百五十余基の句碑を建立した。私も選者として関わったが、薫風に抱かれ鳥の囀[さえず]りや木々のさやぎを聞きながら、家族や恋人、亡き人を思う句碑を読んでいると、日常の喧騒[けんそう]を忘れ、失いかけていた大切なものを取り戻すことができる。そんな愛の碑林も、今ではほとんど訪れる人がいなくなってしまった。

百歳の母に叱られあたたかし
在りし日の部屋そのままに籐寝椅子
(飯舘村愛の句碑より)

 かつてここで菅野典雄村長はじめ坂東三津五郎さんや増田明美さん等と除幕式をした日のことが夢の中のことのように思い出された。愛を偲ぶには静かすぎるあいの沢の晩秋であった。

 様々な天変地異、不易流行を経て尚歌枕が存在し続けているように、飯舘村がいつか必ずや復興を果たし、あらたな歌枕としてその系譜に連なっていくと信じている。

■福島市・文知摺石 恋しい人の姿映る

 文知摺石は文知摺観音の境内にある。麦草をすりつけると恋しい人の姿が映る伝説の石。「しのぶもちずり」を染めるために使用したとされる「菱形石」は文知摺石と同じ場所で並んで見ることができる。境内にはモミジが植えられ秋には紅葉が楽しめる。

 問い合わせは文知摺観音 電話024(535)1471へ。





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