ふくしまを詠む 黛まどかの俳句紀行

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こづゆ 会津若松市 「晴れ」の日を演出

会津絵が美しい会津漆器に見入る黛さん
 降る雪に集ひて朱きこづゆ椀

 「こづゆ」は正月や冠婚葬祭に欠かせない会津の郷土料理だ。高価な干し貝柱でだしを取るのでもともとは武家料理だったが、時代と共に庶民にも広まり、祝い事や祭などの膳に必ず付く晴れ食となった。貝柱、里芋、椎茸[しいたけ]、糸こんにゃく、人参、銀杏、豆麩[まめぶ]、きくらげ等の基本的な具材(地域により若干の違いがある)に旬の野菜を加え、各家庭の味が受け継がれている。仏事には人参などは使わず色味を控えるのだそうだ。
 郡山を出発した時には真っ青だった空が、幾つかトンネルを抜け会津に近づくにつれ、黒い雲に覆われてきた。会津に着くと霙[みぞれ]まじりの雨が降っていた。冬の会津は雪が深く、暗い雲が垂れこめている日が多いという。
 こづゆは「こづゆ椀」と呼ばれる朱塗りの浅い器に盛る。会津は昔から漆器の産地として有名だが、17世紀初頭から藩を上げて独自の政策をとり漆の殖産や保護をした(当初は漆の実から蝋燭[ろうそく]を作ることが主目的)。18世紀末になると「会津絵」と呼ばれる特色のある絵柄が生まれ、会津塗りとして発展した。戊辰戦争で町が焦土と化し武士が斗南へと移った後は、会津に留まった商人や職人たちが漆器文化を絶やすまいと懸命に継承し今日に至っている。
 福島県立博物館で古い会津絵の椀を見せていただいた。黒地に赤や緑の色漆で松竹梅や破魔矢などを描き、縁に金の雲形を設け、金箔の菱形を取り合わせた図柄は、典型的な会津絵だという。目出度いものすべてを盛り込んだような愛らしい椀に、私は厳しい風土で暮らす人々の切なる願いと祈りを見た気がした。古い造り酒屋から寄贈されたというこづゆ椀は、専用の木箱に50枚も収められていた。造り酒屋ともなれば折に触れそのくらいの人寄せはしたのだろう。こづゆは「大平[おおひら]」と呼ばれる蓋付きの大きな漆器に入れ、こづゆ椀に取り分けて食べたという。
 その夜、旅館に頼んで夕食にこづゆを出していただいた。椀にたっぷりと盛られた海の幸と山の幸。干し貝柱でだしをとった汁が、霙で冷えた身体に沁[し]みわたる。祝いの膳には箸をつけず、土産として家に持ち帰るのが習慣だった昔、大平に盛られたこづゆだけは何杯お代わりをしても良いことになっていた。熱いこづゆを食べながら酒を酌み交わし、話に花を咲かせる。唄も踊りも飛び出したことだろう。喜びにつけ悲しみにつけ会津の人はこづゆを食べた。朱(あか)いこづゆ椀には、鈍(にび)色の雪雲を吹き払い、「晴れ」の日を思い切り演出しようとする会津人の思いが込められているようだった。

■会津塗の器 彩り添える
 こづゆは、まず干し貝柱と干し椎茸を水で戻し、その戻し汁で、塩ゆでした里芋、人参、タケノコ、コンニャク、キクラゲを煮る。酒、しょうゆ、塩で味付けし、最後に豆麩を入れ、一煮立ちさせて出来上がり。盛りつけ時に季節の青物を乗せて彩りを添える。

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