ふくしまを詠む 黛まどかの俳句紀行

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鰊鉢 会津美里町 機能美風土が培う

宗像窯の登り窯。「窯の風格が器の風格になります」と、8代目当主の利浩さんはおっしゃる
飴色に空暮れなづむ山椒の芽
※季語...山椒の芽(春)

 5月、山椒が芽吹く季節になると、会津地方では各家庭で鰊の山椒漬けを作る。山に囲まれ新鮮な魚が手に入らなかった会津では、身欠き鰊は貴重なたんぱく源であった。香り高い山椒の新芽は鰊特有の臭みを取るのと同時に腐敗を防ぐ作用があり、さらに三杯酢を加えることで保存性が高まって、食卓に欠かせない郷土料理となった。

 鰊を漬けるのに用いられるのが会津本郷焼の鰊鉢だ。かつて会津では鰊鉢は嫁入り道具の一つであったという。会津の焼き物の歴史は16世紀末まで遡る。鶴ケ城改修のため領主蒲生氏郷公が薩摩から瓦工を呼び屋根瓦を作らせたのが始めとされる。良質の陶土が採れた旧会津本郷町は陶器の産地として発展。会津本郷焼が全盛を誇った明治中期には、100の窯元と40の登り窯があったそうだが、現存する登り窯は2つにまで減った。

 そのうちの1つを持つ宗像窯を訪ねた。東北で最古の登り窯だが、先の震災で一部が倒壊してしまった。しかし有志たちが再生プロジェクトを立ち上げ、2年後の5月再び窯に火が入った。

 八代目当主の利浩さんに登り窯を案内していただいた。小高い丘の斜面を利用して作られた窯は江戸中期のもの。七室を持つ登り窯は近くで見ると想像以上に大きく、天に昇る竜を思わせた。火入れをした光景を想像すると圧倒的な迫力だ。「窯の風格が器の風格になります」と利浩さんはおっしゃる。

 高度経済成長期には本郷焼も量産を余儀なくされた。「量産をしているときには、疵や欠点を見ていきますが、良いものはじっくり時間をかけて美を見出します。時には疵も美となるのです」と当代。

 工房で奥様の眞理子さんがお抹茶を点ててくださった。もちろん茶碗は会津本郷焼だ。工房には眞理子さんや利浩さんのお母様、おばあ様が作った鰊鉢が並んでいた。鉢と言っても魚を漬けやすいように長方形をしている。五枚の板を張り合わせて形を作る鰊鉢は比較的簡単なため、そこまでの作業は昔から女性が家事の合間に行ってきたという。現在、会津美里町で鰊鉢を作る女性は眞理子さん1人だそうだ。一度に20匹程の鰊を漬けることができる鰊鉢。飴色の釉薬が素朴な艶を帯び、どっしりと存在感がある。

 「結果的に飴釉が残ったのです」。なぜ飴色なのですか?という私の問いに、利浩さんがおっしゃった。酸にも塩分に強いという飴釉。他の釉薬に比べてひび割れが少ないため、油が染みにくく水漏れが少ない。つまり漬物を良い状態に保つには最適なのだ。陶器は呼吸しているので、気温や湿度を微妙に調整するため、鰊が美味しく漬かるそうだ。まさに会津の風土が育んだ器である。会津本郷焼は「外見は飾らず、内面はしっかり」という会津人気質がよく表れているという。

 会津で食べた鰊の山椒漬けがとても美味しかったので、私も鰊鉢を1つ求めた。「陶器は育てるものです」。利浩さんの言葉を思い出しながら山椒の新芽が出るのを待つこの頃だ。

※宗像窯の鰊鉢
 昭和33年ベルギーのブリュッセルで開催された万国博覧会では6代目豊意氏作の鰊鉢が最高賞のグランプリを受賞した。

 まゆずみ・まどか 2002年、「京都の恋」で第2回山本健吉文学賞受賞。近著に「引き算の美学」、句集「てっぺんの星」、編著「まんかいのさくらがみれてうれしいな~被災地からの一句」など。携帯メールマガジンは無料配信中。(http:madoka575.co.jp/mm/)


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