ふくしまを詠む 黛まどかの俳句紀行

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モリアオガエル 川内村 神秘の沼に真珠の輝き

新緑に包まれた平伏沼で泡状の卵塊をつくるモリアオガエル


 さざなみに木々のさやぎに蛙鳴く

※蛙(かわず)...春から初夏にかけて繁殖期を迎え、池や沼、田園などで鳴き立てる。盛りの夏ではなく、初蛙の出る春を以て季としている。


 「...ぐうら しありるだ けんた るてえる

とれかんだ。...」(草野心平著『定本 蛙』「ごびらっふの独白」より)

 蛙の長老の独白を詩にした草野心平の「ごびらっふの独白」は、蛙語ともいえる言語で綴られ、日本語訳が添えられている。「考へることをしないこと。素直なこと。夢をみること。地上の動物のなかで最も永い歴史をわれわれがもつてゐるといふことは平凡ではあるが偉大である。」とごびらっふは言う。"蛙の詩人"草野心平がその豊かな自然に魅せられ毎年のように足を運んた川内村は、モリアオガエルの生息地として全国に知られている。


 6月下旬、緑雨の降るなか川内村を訪ねた。富岡町から川内村へと入る県道にさしかかる。原発事故の日、富岡町から川内村へと逃げる車でこの道は大渋滞となったという。放射能という見えないものに追われる不安はいかばかりだっただろう。その後川内村も全村避難となる。


 既に一部の地域を除いて帰村が始まっている川内村では田植えも済み、家々には人の気配があった。モリアオガエルが生息する平伏[へぶす]沼は、標高842メートルの平伏山の頂にある。山頂で車を停め200メートル程歩くと、水楢の林のなかに忽然[こつぜん]と沼が姿を現した。まるで童話に出てくるような神秘的な沼だ。6月、モリアオガエルは水に張り出した木の枝に泡状の卵を産む。孵化[ふか]すると泡は落ち、水中におたまじゃくしを放つ。近づくと卵塊は思ったより大きく直径20センチ程あった。沼の畔には番小屋があり猪狩四朗さんがいらした。「この時期は1日中一人でいても飽きることはありません」。最盛期の卵塊は純白で真珠のような光沢を帯びるという。真珠の輝きに縁どられた沼には水草が生い、黄菖蒲やあやめが咲く。水面は命の輝きを余さず映していた。原発事故後もモリアオガエルの繁殖に変化はないという。「自然は強いです」猪狩さんはほほ笑んだ。一陣の風が吹き抜けると、いっせいに蛙が鳴きだした。


 ところで、川内村と心平には心温まる話がある。名誉村民となった心平の東京の自宅に、ある日褒賞[ほうしょう]として百俵もの木炭が届けられた。その返礼として蔵書3千冊を村に寄贈したのがきっかけで、村を挙げて心平のために山荘を建設、「天山文庫」と命名した。


 天山文庫は茅葺[かやぶき]屋根が特徴のモダン建築で、周囲の自然に溶け込むように建っていた。1966年の落成の日を記念して、毎年7月に「天山祭り」が開催されるようになる。川魚や山菜料理を持ち寄り、庭で伝統芸能などが繰り広げられる素朴なこの祭りを心平はこよなく愛した。「天山祭り」は心平亡き後も続けられ、震災の年も途絶えることはなかったそうだ。心平がよく座っていた炉辺には緑がさし静けさが充ちていた。心平にとって川内村は安寧の場所であり、詩の泉であったのだろう。


 さて、冒頭の「ごびらっふの独白」の一節の日本語訳は、「われわれはただたわいない幸福をこそうれしいとする」だ。蛙の長老は平成の人の世をどのように見ているだろう。


■国天然記念物に指定

 平伏沼は12アールの小さな沼で、モリアオガエルの繁殖地として国の天然記念物の指定を受けている。広大な落葉広葉樹に囲まれた沼のほとりには、草野心平の歌碑「うまわるや森の蛙は阿武隈の平伏の沼べ水楢のかげ」が建つ。


 問い合わせは川内村教育課生涯学習係 電話0240(38)3806。


 まゆずみ・まどか 2002年「京都の恋」で第2回山本健吉文学賞受賞。著書に「引き算の美学」、句集「てっぺんの星」、編著「まんかいのさくらがみれてうれしいな〜被災地からの一句」、「うた、ひとひら」など。携帯メールマガジンは無料配信中。(http:madoka575.co.jp/mm/)

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