ふくしまを詠む 黛まどかの俳句紀行

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てーまいこいこい いわき市 火投げ祖先を慰霊

麦稈を手に横手山に向かう子供たち



 ねんごろに火を抱きとめて盆の山

季語...「盆」
旧暦7月13日から16日に行われる仏事。先祖の霊を招き、弔う。

 遙々10万億土[はるばるじゅうまんおくど]から還ってくる先祖の霊を迎えるために、一連の盆行事になくてはならないのが「灯」である。迎え火・送り火、灯籠[とうろう]、精霊流しや大文字もすべて「灯」。「灯」とはすなわち「火」である。火は古代より神の依代[よりしろ]として崇信されていた。火をともして祖神[そしん]を招き迎え、火を以て御霊を慰める。浜通りの南部には盆にまつわる火祭が多いという。

 いわき市一帯では盆の間毎日迎え火を焚く習慣があると聞き、大国魂[おおくにたま]神社を訪ねた。神社の傍らには磐城の国造の墓があり、かつてこの辺りが磐城の国の中心であったことが窺えた。夕方4時山名宮司が門口で、松や檜、杉を焼べはじめた。毎日迎え火を焚くのは、先祖を敬う気持ちと信心深さの表れではないだろうか。

 同市の神谷作地区では火を投げて先祖の霊を慰める「てーまいこいこい」(火ぼいなげ)が今も続けられている。横手山という小高い里山に子供たちが登り、頂から火を付けた麦稈[むぎわら]を投げる。「てーまいこいこい」は「手前に来い」という意味だ。この行事も数年前まで迎え火と同様お盆の期間中毎日行われていた。

 夕方5時半、小学校1年生以上の20人の子供たちが長さ1メートル程の麦稈の束を手に横手山の頂に向けて歩きはじめた。急な山道を登ること15分、頂上に着くと一気に眺望がひらけ、新舞子の浜と集落が足元に広がった。

 先祖の霊は33年か50年(地方によって異なる)の法要が済むと、霊魂が昇華して祖霊神となり、墓から山へ移るという。祖霊神が宿るのは集落に近く、円錐形の美しい姿をした端山だ。横手山からは集落が一望できるので、祖霊神も日々故郷の山河と子孫たちを見守ることができるだろう。今では火伏せや疫病祓いの行事とされている火ぼいなげだが、本来は火を投げて先祖の御霊を慰める魂祭で、花火の原形とも考えられている。

 「てーまいこいこい!○○でござっとう!」

 子供たちは自分の名前を名乗ってから火の付いた麦稈を振り回し麓へと投げ落とす。火を怖がる小さい子の面倒を見るのは上級生。1つ、2つと投げていくうちに火にも慣れ、大きな声も出るようになってきた。火は豊かな尾を曳いて次々と木の間に消えていく。下で見守っているのは大人や幼い子供たちだ。火が下まできれいに落ちると歓声が上がり、まるで花火を見ているかのような賑わいだ。お兄ちゃんが山に登っているという4歳の男の子は、「いつか僕もやるんだ!」と頂を眩しげに見上げて言った。お年寄りたちは自分の子供の頃を懐かしみながら山を仰いでいる。こうやってこの素朴な行事は代々受け継がれ、いつか皆この里山に宿るのだ。

 日がとっぷりと暮れ、蜩[ひぐらし]の声が蟋蟀[こおろぎ]に代わった頃、「おしまいでござっとう!」という声が山頂から響き、子供たちが暗い山道を降りて来た。昔は男の子だけで行っていたというこの行事は、魂祭であると同時に男子の通過儀礼も兼ねていたのだろう。大役を果たした子供たちはみな胸を張り、晴れ晴れとした表情をしていた。振り返ると横手山はぬばたまの闇に姿を沈めていた。

■経歴
 まゆずみ・まどか 2002年、句集「京都の恋」で第2回山本健吉文学賞受賞。オペラ「万葉集」「滝の白糸」の台本執筆、福島県の応援歌「そして、春~福島から世界へ」の作詞なども手掛ける。近著に「うた、ひとひら」、「引き算の美学」、句集「てっぺんの星」など。公式ホームページhttp://madoka575.co.jp

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