ふくしまを詠む 黛まどかの俳句紀行

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会津磐梯山 心の「よりどころ」

自然の豊かさと厳しさを併せ持つ”宝の山”磐梯山
 
 野地蔵に野墓に山の粧へる
 
※季語「山粧ふ」...紅葉に彩られた秋の山のこと。
 
 霧襖[きりぶすま]が一瞬晴れると錦の磐梯山が姿を現した。裾野には黄金色の稲穂波が立ち、長閑[のどか]な里の秋が広がっている。ところが裏磐梯に回るやいなや山頂は岩肌をあらわにしその表情は一変した。明治21年の噴火は北麓一帯に甚大な被害をもたらした。一方で桧原湖や五色沼をはじめ三百余の美しい湖や沼を育んだ。結氷した桧原湖での公魚[わかさぎ]釣りは冬の風物詩だ。磐梯山の表と裏の表情の違いは、自然の豊かさと厳しさという両面を浮き彫りにしている。磐梯山はまた山岳信仰の拠点として昔から崇められてきた。「"宝の山"と言うけれど、米、蕎麦、果物、温泉、美しい景色と磐梯山は本当にたくさんの恵みをもたらしてくれています」と地元の方は言う。
 「イヤー、会津磐梯山は宝の山よ」。昨秋、一片の雲もないニューヨークの青空を福島県のおかあさんたちの歌声が突き抜けた。「第二回日米合唱祭」に参加した福島県おかあさん合唱団140名が路上ライヴを行ったのだ。「ふるさと」など日本の歌を数曲歌った後、最後に飛び出したのが「会津磐梯山」だ。法被[はっぴ]を纏[まと]い輪になって踊りながら歌いはじめると、通りすがりのニューヨーカーたちが一斉に足を止めた。「ふるさと」に涙していた聴衆も手拍子で参加し、あっという間に人だかりができた。
 日本を代表する民謡と言っても過言ではない「会津磐梯山」。昭和8年、会津東山温泉を訪れていた歌手小唄勝太郎が「会津盆踊歌」を聞き、惚れ込んで、この歌に「小原庄助さん、なんで身上つぶした...」の囃[はや]し言葉を加えてアレンジしたのが「会津磐梯山」だ。歌詞の多くは会津の「玄如[げんじょ]節」から取られている。社寺に氏子が集まり参籠するときに掛け合いをしながら歌われる「玄如節」は、前の歌詞を受けて即興で歌詞を作ったり、一つの題材で歌詞を作ったりして歌い継ぐ。輪になって踊りながら夜を徹して行われるこの風習は、古代の歌垣の名残とも言われる。
 さて、カーネギー・ホールで行われた日米合唱祭では5階席まで埋まった聴衆から総立ちで喝采を送られたおかあさん合唱の連盟が、今年で創立50周年を迎えた。福島市音楽堂で開催された「第50回合唱祭」には、昨秋共にカーネギーで歌った合唱団「とも」が遠くニューヨークから参加し華を添えた。打ち上げの最後はもちろん「会津磐梯山」だ。会場に大きな踊りの輪が生まれた。昔は闇夜に提灯をともして盆踊りが繰り広げられたという。「夜のしじまに響く素朴な太鼓の音は今も身体に残っています」とおかあさんの一人。何があってもどこにいてもこの歌を口ずさむと故郷の山河が浮かび元気が出るそうだ。
 
 白鳥を待ちゐる湖の明るさよ
 
 猪苗代湖の畔に佇[たたず]み磐梯山を眺めていると合唱連盟の三宅祐子会長の言葉が思い出された。「おかあさんが前を向いて歌っていれば子供も年寄りも安心して笑顔になる。だから私たちは震災後も歌い続けてきました。そしてこれからも」。磐梯山は喜びにつけ悲しみにつけ心のよりどころとしてこれからも仰がれ、民謡は歌い継がれていくだろう。猪苗代湖は白鳥の飛来を目前に、湖心にきらめきを集めていた。
 
※ジャパン・コーラル・ハーモニー"とも"
 
 米国ニューヨークとその近郊在住の日本人を中心に結成された混声合唱団。昨年10月に行われた「カーネギー日米合唱祭~福島から世界へ~」のホスト役を務めた。
 まゆずみ・まどか 俳人。句集「京都の恋」で第2回山本健吉文学賞受賞。オペラ「万葉集」「滝の白糸」の台本執筆、福島県の応援歌「そして、春~福島から世界へ」の作詞なども手掛ける。近著に「うた、ひとひら」、「引き算の美学」、句集「てっぺんの星」など。公式ホームページhttp://madoka575.co.jp

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