ふくしまを詠む 黛まどかの俳句紀行

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只見線 人々の心つなぐ鉄道

只見川をゆっくり横切る只見線。紅葉が終わると、静寂の銀世界が訪れる
 
 村一つ映して冬の只見川

 たった2輌の只見線は会津若松駅を出発すると、会津平野の刈田の真ん中をゆっくり走り出した。列車が通り過ぎるたびに稲雀がわっと飛び立ち、田仕舞の煙の向うには名残の紅葉を湛[たた]えた山々が連なっている。
 会津若松駅と新潟県の小出駅を結ぶ只見線は、只見川に沿いながら奥会津の山間を縫うように走る。地元の人からは生活の足として、鉄道ファンや旅人からは四季折々の絶景と共に、長年愛されてきた。ところが震災からわずか4カ月後の豪雨により只見川に架かる3つの鉄橋が流失し、会津坂下~小出間が不通となってしまった。かなり復旧はしたものの今もなお会津川口~只見間は再開の目処[めど]が立っていない。
 会津坂下駅を過ぎるとゆるやかな上り坂になり山峡に入った。もうすぐ撮影ポイントで有名な第一橋梁[きょうりょう]だ。かぶりつきで運転席からの風景を見ていると、運転手さんが合図をするように右の方を指さした。すると鉄橋の右手に幾重にも紅葉の山を映した翡翠[ひすい]色の只見川が現れた。それからは右に左に只見川と錦の山々が姿を見せ、私はその度に歓声を上げながら右に左に座席を移った。
 只見まであと7つ駅を残して、会津川口で列車を降りた。ここから先は小さな代行バスに乗り換える。バスが出発して間もなく、崩落した鉄橋や草が生い茂った線路など痛々しいほどの光景を目の当たりにした。
 今夜の宿は只見川沿いの湯倉温泉だ。「霧の中を走り去る只見線は幻想的で銀河鉄道のようでした」と女将[おかみ]さん。朝昼夕、日に3本の運行は生活のリズムになっていて、不通になって初めて時計を見るようになったという。温泉で旅の疲れを癒やし、みしらず柿や山麓高原豚など地元の食材をふんだんに使った創作料理と奥会津の地酒に舌鼓を打つ。"やわらぎ水"は山毛欅林[ぶなばやし]が育んだ山清水だ。
 翌朝、横殴りの雨音で目が覚めた。辛うじて木々に残っていた紅葉も風雨で散り、只見川に渦をなして浮いている。厳しい冬の到来を目前に、覚悟を決めたかのような佇[たたず]まいの奥会津である。
 只見線の写真を撮り続けている星賢孝さんに三島町でお会いした。この地に只見線が開通したのは星さんが小学校二年の時。それまでは片道1時間かけて歩いて通学していたそうだ。「開通した時はそれは嬉しかったですよ。SLの煤[すす]でみな顔を真っ黒にして開通祝いをしてね」。車社会の今、通勤に只見線を使う人は多くない。しかし只見線はローカル線の多くがそうであるように、単に目的地に向かって急ぐ「手段」ではなく、乗ることそのものが「目的」である文化的価値を持ち合わせる貴重な鉄道だ。「紅葉の美しい鉄道路線ベスト10」で第一位に選ばれたこともある。「地方の集落をつなぐだけでなく、都市と地方の心をつなぐ鉄道でもあるのです」
 若松に向けて車を走らせていると、さっと雲間から日が差し、只見川に見事な虹の橋が架かった。いつか本物の橋を架けたい...只見線の全線復旧は地元の人だけでなく、全国の鉄道ファンや旅人の願いでもある。虹が消えたあとの只見川は、畔[ほとり]の村をつぶさに映して穏やかに流れていた。

■経歴
 まゆずみ・まどか 2002年、句集「京都の恋」で第2回山本健吉文学賞受賞。オペラ「万葉集」「滝の白糸」の台本執筆、福島県の応援歌「そして、春~福島から世界へ」の作詞なども手掛ける。近著に「うた、ひとひら」、「引き算の美学」、句集「てっぺんの星」など。公式ホームページhttp://madoka575.co.jp

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