ふくしまを詠む 黛まどかの俳句紀行

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凍み大根 寒さで純白の輝き

引地さんが作る凍み大根は透明感のある純白。ふるさとの温もりが詰まっている


 凍大根お天道様の匂ひせる

※凍大根(冬)
 極寒地方の特産で、寒中に大根を凍らせて乾燥させたもの。

 まるで白妙[しろたえ]の領巾[ひれ]を並べ干したように、凍み大根は青空の下で輝いていた。冬晴の麗[うら]らかな午後、凍み大根を生産されている引地ヨシ子さんを二本松市木幡に訪ねた。収穫する大根のうちの約半分は凍み大根や切干大根、たくあんなどに加工して出荷しているという。「いつ頃から作っているのですか?」ややあってヨシ子さんは口元を綻[ほころ]ばせて答えた。「ずっと前から」。

 凍み大根は小高い丘の中腹に建つ引地さんのお宅の庭で最も日当りと風通しが良いところに吊るされていた。皮を剥[む]いた大根は大鍋で十分程茹[ゆ]で、何度か水を替えながら二日間冷たい水に浸けてから干す。二、三週間かけて庭先で乾燥させた大根は、雨のかからないところに移動させ、さらに「凍みらせる」のだと言う。固く凍った大根は透明感のある純白で、白玉[はくぎょく]を思わせた。「筍[たけのこ]と鰊と一緒に煮つけるととても美味しいのだけれど、原発事故の影響で筍がまだ食べられないのよ...」。向山に広がる竹林を見ながらヨシ子さんが口惜しそうに言った。

 福島市松川の仮設住宅に暮らす佐野ハツノさんのお宅で、飯舘村のおばあちゃんたちに話を聞いた。気温が零下一〇度近くまで下がる日は、凍み豆腐、凍み大根、凍み餅などいわゆる"凍みもの"を作るのに適しているという。「星がきらきらっと光る、しーんと寒い日に作るんだ」。飯舘村は福島の中でも殊に寒さが厳しく、昔から五年に一度は凶作がある。そこで村人は知恵を絞り、米の他に葉たばこの栽培や畜産を同時に行ってきた。仮に米が凶作でも葉たばこと畜産で補える。勉強会を重ね良質な食肉の生産に成功。飯舘牛ブランドが、ようやく全国に浸透し始めた矢先の原発事故だった。

 「仮設住宅に暮らすようになって、それまでは当たり前だと思っていた村での生活が、どれほど豊かで幸せだったか初めてわかりました」と佐藤隆子さん。村での生活は一軒一軒が離れていて大型スーパーもないので、米でも野菜でも味噌でも何でも大概のものは自分で作った。食事を作る直前に畑へ行き、必要な分だけの野菜をとってくる。とれたての野菜の味は格別だった。

 春に野菜が収穫できない飯舘では、冬に作っておいた凍みものを初夏まで食べた。「農家の女性は片時も休む暇がなく、赤ん坊に母乳を与える時だけ休むことが出来たのよ」と佐野さん。「柴まるき」(柴を束ねる作業で主に女性の仕事だった)など農作業の小昼[こびる]に、凍み餅は手間要らずで便利だったという。「今でいうファーストフードだな!」四畳半におばあちゃんたちのとびきり明るい笑い声が溢れる。凍み大根の煮つけは味が深くてまろやかで喉越しが良くて...皆とろけるような笑顔で頷く。しかし仮設暮らしの今、凍みものを作ることはできない。「早く村に帰りたいなぁ...」昭和一桁生まれの武藤貞子さんと庄司登美子さんがぽつりと言った。

 佐野さんが昼食を用意してくださった。米、漬物の白菜、野菜炒めのキャベツは佐野さんとご主人が福島市内に借りた土地で耕作したものだ。「楽しいなぁ...」湯気立つものを囲み、おしゃべりは尽きない。厳寒の風土が生んだ凍みものには、ふるさとの温もりが詰まっている。

■経歴
 まゆずみ・まどか 2002年、句集「京都の恋」で第2回山本健吉文学賞受賞。オペラ「万葉集」「滝の白糸」の台本執筆、福島県の応援歌「そして、春~福島から世界へ」の作詞なども手掛ける。近著に「うた、ひとひら」、「引き算の美学」、句集「てっぺんの星」など。公式ホームページhttp://madoka575.co.jp

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