ふくしまを詠む 黛まどかの俳句紀行

  • Check

雛流し 三島町 人形に願い託して

子どもたちに見送られながら、雛たちを載せた箱は只見川に流れていく


 かんばせの雨を拭ひて雛流す

 3月の節句、三島町高清水では"雛流し"が行われる。3日まで家々で飾っていた手作りの紙雛を、4日に只見川に流す伝統の行事だ。雛祭の起源は中国の3月上巳の節句にあるが、日本ではもともとあった宮中の行事と合体し、形代に穢れを移して水に流して厄を祓うようになる。現在のように一般家庭で雛人形を飾るようになったのは江戸時代中期と言われている。

 高清水の矢沢直子さんのお宅で紙雛作りを教えていただいた。「自分とお嫁さん、そして東京にいる娘2人の分と全部で4つ作りました」。大きな神棚と仏壇に囲まれるように雛は飾られていた。雛の前にはお赤飯や菱餅、花も供えられていて旧家の冬座敷の一隅[いちぐう]が華やいでいる。雛は家によって作り方が違い、代々母や姑から引き継がれてきたという。人形の着物は長襦袢から半襟まで細やかに作られている。髪に使う紙は和紙に墨を塗り数日かけて乾燥させる。折り紙では髷[まげ]の張りが上手く出ず、雛が可愛く仕上がらないのだという。裁縫が上手になりますように。無事に成長しますように。離れていても元気でいますように...。それぞれの思いを込めて丁寧に作り、流す。「昔は紙が貴重だったので包装紙で作ったんですよ」。炬燵に入り、手作りの薬草茶をいただきながら、おしゃべりも弾む。ふと窓の外を見ると一階のほとんどを雪が覆っていた。それでもどんなに寒い年も雛流しの頃には必ず福寿草が咲くという。雛流しの季節は、「もう雪は大丈夫」と安堵する季節でもあるのだ。

 小1時間かけてようやく一体が出来上がった。ちょっと器量は悪いが手間暇かけた分愛着が湧き愛おしい。「自分で作ったお雛様が流れていく様子を見るのは感慨も一入[ひとしお]ですよ...」と直子さん。帰り際に裏庭を覗くと、こんこんと湧く清水の辺に雪を分けて福寿草が咲いていた。

 「おひな様、くっちぇくんつぇー(ください)」。雛流し当日、降りみ降らずみの高清水に、木箱を手に家々を回り雛を集める少年の姿があった。雛を手に玄関先で少年の訪れを今か今かと待っているおばあさんにお話を訊くと、なんと9体の雛を1人で作られたという。「おかっぱで着物の袖の短いのはまだ小さい孫。今年大学に入る孫には振袖を着せてやった...」。遠く離れて暮らす孫たちの顔を一人一人思い浮かべながら作られたに違いない。

 雛と女性たちの思いを箱一杯に詰め、少年を先頭に三島小学校の1、2年生17名、そして高清水集落の人々が只見川へと向かう。河原へ下りる小径では既に下萌えが始まっている。河原に着くと雨が少し強くなってきた。今年も皆健康で暮らせますように...私は雛の顔にかかった雨雫を拭ってからそっと箱に入れた。

しばらくは風に押されて流し雛

 皆が見守るなか少年が只見川に木箱を流す。両側から迫る斑雪山[はだれやま]を映して流れは穏やかだ。雛たちを載せた箱は名残を惜しむかのように川の縁を漂い、幾度か棒で押し返されてようやく縁を離れ、やがて本流に乗った。

 人々が去り、俄かに静けさが戻った只見川。雪解水の音がごうごうと響き渡るなかを、早春の山々に見送られながら雛たちはゆっくりと流れていった。

■経歴
 まゆずみ・まどか 2002年、句集「京都の恋」で第2回山本健吉文学賞受賞。オペラ「万葉集」「滝の白糸」の台本執筆、福島県の応援歌「そして、春~福島から世界へ」の作詞なども手掛ける。近著に「うた、ひとひら」、「引き算の美学」、句集「てっぺんの星」など。公式ホームページhttp://madoka575.co.jp


ふくしまを詠む 黛まどかの俳句紀行の最新記事

>> 一覧