ふくしまを詠む 黛まどかの俳句紀行

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奥会津吟行会 「宝」を繋ぐ只見線

豊かな只見川の流れと新緑の山々を縫って列車は走る
春の灯の離ればなれに睦みゐる

 「黛さんて、奥会津の出身でしたっけ?」そう訊[き]かれてはっとした。よほど熱弁を振るっていたのだろう。私の故郷ではないけれど、奥会津は日本人にとっての故郷だ。誰だって一度でも只見線に乗って旅をしたら、たちまちその奥深い魅力の虜[とりこ]になる。いつか奥会津吟行をしよう。そんな計画が句友の間で持ち上がり、この5月にようやく実現した。

 「百夜[ももよ]句会」のメンバー10名をのせた只見線が、柔らかな新緑をかき分けるように進む。窓を開けているので薫風が車内に溢[あふ]れ、時折鳥の囀[さえず]りも聞こえてくる。やがて只見川に架かる第一橋梁の上に出た。「うわぁ!すごい!」みな東京では見せたことのない子供のような表情だ。雪解け水を交えてさみどりになった只見川を、残る鴨がほしいままにしていた。

 会津川口-只見間は4年前の豪雨による水害で未だ不通のため、代行バスが出ている。「バスではどこも同じになっちゃうよね...」と一人が呟いた。崩落した鉄橋や草に覆われた線路を目にする度に車内に嘆息が漏れる。そもそもこの区間はダム建設時に資材運搬専用線として敷設された。水害は、決壊を避けるためにダムの水を一気に放流したことが原因だという指摘もある。流域はダムと共に発展した一方で、ダムによって苦境に立たされてもいるのだ。

 さて、金山町で最初に私たちを迎えてくれたのは群生するカタクリの花だった。以前練馬区にカタクリの花の名所を訪ねたことがある。花は美しかったが、東京23区内唯一の自生地とあって大変な人出だった。しかしここでは私たちの他は誰もいない。娘子[おとめ]を思わせる可憐[かれん]なカタクリの花。「寺井の上の堅香子の花...」万葉歌を口遊む人、句帳にペンを走らせる人、思い思いにカタクリの花にかがむ。

茂り出で 茂りに潜る 只見線 わたせせいぞう

新緑の 風に包まれ 只見線 増田明美

たんぽぽの 絮毛と旅す 只見線 辰巳琢郎

 句会が終わる頃には、峡の村にぽつりぽつりと灯がともりはじめた。山菜料理で奥会津の春を堪能し、部屋を移して酒を傾けた。話は自ずと只見線や奥会津振興のことになる。ときに激論を交わし、気がつけば日付が変わっていた。

 翌朝、天然炭酸水が自噴する大塩に案内された。こんこんと湧き出る水を柄杓[ひしゃく]で掬って飲むと、口のなかで泡が弾けた。三島町で編み組細工を見せていただいた後は、只見川に舟を浮かべて、行く春を惜しんだ。奥会津の豊かな自然と自然に根差した暮らしは、プロヴァンスを彷彿させる。厳しいゆえに四季の移ろいが際立って美しく、またその自然が様々な恵みや文化をもたらしている。奥会津は資源の宝庫だ。

 帰りは只見から新潟を経由した。六十里越トンネルを抜け新潟県に入ると、破間川が白波を立てて流れ、山の姿も違ってきた。山毛欅[ぶな]の新芽の輝きに辰巳さんが目を細めた。「北国の春だよなぁ...」。元々乗降者数の少なかった路線に、さらに多額の工事費を投入して復旧させるのは難題だろう。災害の再発防止や利用者を増やす対策も必要だ。しかしもし会津若松から小出まで全線つながっていたら、10年、20年後には只見線は世界屈指の鉄道になるに違いない。フランスの片田舎のプロヴァンスに世界中から人が集まるように、外国人が奥会津を訪うのも夢ではない。

 ローカル線は身体に置き換えれば末梢血管だ。末端に血液が行かなくなればやがて中枢にも影響は及ぶ。線路を繋ぎ、先人からの叡智と宝を繋ぐ...只見線と奥会津の問題は一地域のことではなく、日本全体の、そして都会に暮らす私たち一人一人の問題でもある。

■経歴
 まゆずみ・まどか 2002年、句集「京都の恋」で第2回山本健吉文学賞受賞。オペラ「万葉集」「滝の白糸」の台本執筆、福島県の応援歌「そして、春~福島から世界へ」の作詞なども手掛ける。近著に「うた、ひとひら」、「引き算の美学」、句集「てっぺんの星」など。公式ホームページhttp://madoka575.co.jp

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