ふくしまを詠む 黛まどかの俳句紀行

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流鏑馬神事 古殿町 「敬意と誇り」脈々

かつて流鏑馬の役者だった緑川茂さん(右)と、今年初めて副役者を務めた息子の忠伸さん(中央)。伝統は受け継がれていく
流鏑馬の一矢が逸れて秋高し

 黄金色の稲穂が風に揺れる10月10日、笠懸[かさがけ]・流鏑馬神事を控えた古殿八幡神社では、流鏑馬大会(秋の陣)が行われていた。武者姿の射手約20名が馬を疾走させながら3つの的をめがけて矢を放ち、速さと的を射た矢の得点を競う。馬場は簡単な綱で囲われただけで、見物客のすぐ前を土煙を上げながら馬が駆け抜けていく。矢が的に命中すると見物客からどっと歓声が湧き、外すと溜息が漏れる。的を貫通した矢は数人がかりで道具を使って引き抜く。競技を終えて戻ってきた馬と射手には毎回惜しみない拍手が送られていた。

 その様子を感慨深げに見守っていたのはかつて流鏑馬の役者(射手)を務めた仙石地区の緑川茂さんだ。息子の忠伸さんが今年初めて副役者(役者の介添)として登場したのだ。「ともかく落馬しなくてよかった...感無量です」。36歳になる忠伸さんが流鏑馬に出ると言い出したのは昨年9月のこと。流鏑馬の練習は真冬を除いて週に2、3日行われ、祭の前になると古殿町の最高峰三株山の馬場で追い込みをかける。会社勤めとの両立は難しく、後継者に名乗り出る若者は近年激減している。「嬉しい半分、大丈夫かな...という気持ちが半分でした」。練習不足で馬に乗ることは危険だ。また途中でやめては周囲に迷惑がかかる。父はその厳しさを知っているだけに手放しに喜ぶことはできなかった。

 鎌倉時代に始まったと伝えられる古殿町の笠懸・流鏑馬神事は、五穀豊穣を占い祈る神事であると同時に武士の武術鍛錬を目的としていた。各地に同様の神事はあるが、古殿では昔ながらのやり方を順守している。サラブレッドが主流になった昨今だが、古殿町では在来種の馬を飼い、神事に走らせる。また鐙[あぶみ]を用いず、細い棒を綱に編んだものを使う。神事に登場する「役者」は、地元の既婚男性と決まっている。役者と副役者は宵祭に籠堂で御籠りに入り、午前零時境内を流れる大平川にて素裸で沐浴[もくよく]する。馬は早朝に大平川で浄める。役者は古式の狩衣[かりい]で盛装し、狩又(先が二股に分かれた矢)三本と笹を挿した箙[えびら]を背負う。目を引くのは大刀を背中に結ぶための豪華絢爛の帯だ。これは役者の妻が嫁入りの際に着た花嫁衣裳の帯だという。

 流鏑馬大会を終えた忠伸さんに今日の感想を伺うと、思いがけない言葉が返ってきた。「実際にやってみて、裏で支えてこられた地元の皆さんの苦労がよくわかりました。1年かけて助け合いながら祭の準備をするのです。流鏑馬をきっかけにこれまで見えなかった町のことが見えてきました」。その真摯な言葉に、800年続いてきた神事の意義をあらためて知った。

 鏑矢[かぶらや]を空に向かって放つ笠懸の後、忠伸さんが再び登場した。今度は副役者として流鏑馬の馬場馴らしを行う。ふくれ上がった見物客に驚き興奮が収まらない馬を、忠伸さんは優しく声を掛けながら宥[なだ]めている。その横顔には祭への敬意とふるさと古殿への誇りが溢[あふ]れていた。仙石地区が次の当番区となる4年後には、役者となった忠伸さんの勇姿が馬上にあるに違いない。

■経歴
 まゆずみ・まどか 2002年、句集「京都の恋」で第2回山本健吉文学賞受賞。オペラ「万葉集」「滝の白糸」の台本執筆、福島県の応援歌「そして、春~福島から世界へ」の作詞なども手掛ける。近著に「うた、ひとひら」、「引き算の美学」、句集「てっぺんの星」など。公式ホームページhttp://madoka575.co.jp

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