ふくしまを詠む 黛まどかの俳句紀行

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福島の良さ再発見 震災乗り越える姿に感動

花見山、相馬野馬追、檜枝岐歌舞伎─。「福島には日本の原風景が残っている」と黛さんは言う
 「ふくしまを詠む 黛まどかの俳句紀行」は三月で連載開始から三年を迎える。黛さんはこれまで、県内の各地を訪ね、福島に寄せる思いを俳句にしてきた。豊かな自然の中で季節と共に暮らす人々や伝統の祭。東日本大震災と東京電力福島第一原発事故から立ちあがろうとする地域-。俳人の心をとらえた福島の印象を聞いた。(聞き手・文化部長 鎌田喜之)


 ─三年近く福島の各地を歩いてきました。
 「この連載を始めるきっかけは、震災でした。福島は松尾芭蕉が『奥の細道』で訪れた地であり、飯舘村とは以前からご縁がありました。その福島が地震に見舞われ、さらに原発事故が起きた。震災当時、私はフランスにいて、私の知っている福島ではないフクシマが世界に広がっていることがとても悔しかった。連載を通じて福島本来の魅力、被災者の人たちの今を世界に伝えたいと思ったのです。また、福島の人たちには故郷への誇りを取り戻すきっかけになればという思いもありました。実際に取材をすると、私自身が再発見することがたくさんありました。福島には日本の原風景が残っています。そこに感動しました」
 ─取材先ではさまざまな出会いがありました。
 「はい。福島は三つの地域がありますが、共通して言えるのは、自然が豊かで、人がいいということです。自然と人という環境が整っているから、有形無形の文化が生まれる。その上に築かれた文化は実に多様です。檜枝岐歌舞伎や鰊鉢、浜通りでは民謡もありました。それが続いているのは、人の力です。福島の人たちは粘り強さがある。一見穏やかで優しいけれど、しんの強さ、辛抱強さがあるからこそ残る。民謡『相馬二編返し』は天明の大飢饉で多くの領民が亡くなった相馬藩が、移民を募る歌でした。磐梯山も大噴火で甚大な被害が出たけれど、裏磐梯の湖沼群ができ、今の観光につながっている。歴史の中でたびたび震災のような苦難にあっても、人々はそれを乗り越えてきたのですね」
 ─復興という意味では、連載第一回の福島市の花見山も象徴的でしたね。
 「ちょうど桜の時期に阿部一郎さんから話をうかがいました。阿部さんは中国の激戦地で九死に一生を得て、戦後帰ってくる。敗戦で憂いている日本人を慰めたいという一心で、一鍬一鍬、山をひらき、花の咲く木を植えていくんです。残念ながらお亡くなりになりましたが、『今また、福島はそういう時期に来ているのではないか』とおっしゃっていた。あの言葉は重いです。福島の人は荒れ地に花を咲かせるような力を持っている」
 ─祭事や伝統行事など、日本中で消えつつあるものを取り上げました。
 「いわき市の『てーまいこいこい』や昭和村の成木責、会津美里町の虫送りなど...次々出てきますね。てーまいこいこいは花火の原形のようでした。もっと闇が深かった太古、火を起こして山から落とし先祖の霊を慰めていたのかもしれません。震災があり、いまだ避難している人が多いけれど、頑張って今もつないでいる。ぜひ続けてほしいです」
 ─各地に残る手仕事にも多く触れました。
 「手仕事を取材していると、普通の人が哲学者のようなことを、何の気負いもなくおっしゃる。三島町で編み組細工の女性が言った『冬は好きだぁ─。手仕事ができるから』という言葉が忘れられません。普通冬は寒くて辛いはず。でも、雪が深い中で家にこもって手仕事をする。その時間が楽しいという。代々編み継いできたという誇りもある。手仕事には大地をしみてきた雨水がひと雫に結ばれたような輝きがある。時間も人も尊くて、光の中に包まれているようです。四季と向き合い、楽しみながら暮らす。それが本当の豊かさなのだとあらためて思います」
 ─福島市にある飯舘村の仮設住宅では、女性たちが「凍みものが作れないのが残念だ」とおっしゃっていました。
 「星が光る寒い日に作ったら、スーパーでは買えないおいしい凍み大根ができる。寒い土地で暮らす喜びなんですね。先人の知恵でもある。まさに『までい』です。只見線もそうです。都会の電車は目的に向かって急いでいく手段だけれど、只見線は乗ることそのものも目的。ゆっくり風景を見ながら行く。そういう都会の電車と只見線の違いが、都会と福島の暮らしの違いかもしれません。都会では合理的に猛スピードで駆け抜けるような生活になっている。自然の移ろいと共に、そこから何かをもらって育み、丁寧に暮らしてこそ、楽しさがある。都会人が忘れている大事なことを福島で教わった気がします」
 ─原発事故の被災地にも足を運びました。
 「はい。復興に向けて力を合わせていた方々の姿が印象的です。南相馬市の相馬野馬追では、小高神社で野馬懸を拝見しました。すごい迫力で、祭の力を感じました。祭を誇りにする思いもある。それぞれの場所で、自分の最も身近なところから始めるのが復興なのだと思いました。同時に原発事故の後処理の難しさも痛感しました」
 ─これから取材したいテーマはありますか。
 「浜通りでは復興しつつある祭をもっと訪ねてみたいですね。奥会津に残る道具の歳取りのように、暮らしに根ざした行事にも興味があります。その土地の風土や歴史を背負っているものに引かれます。グローバル化の時代に、辛うじて残ってきたものがたくさんあります。『福島にはまだこれがあったか』というものを、この連載を通じて紹介していければと思います」

■略歴
 まゆずみ・まどか 俳人。オペラの台本執筆、福島県の応援歌「そして、春~福島から世界へ」の作詞なども手掛ける。編著『まんかいのさくらがみれてうれしいな~被災地からの一句』の抜粋を英語版として刊行したほか、本連載の一部英訳を自身の海外版サイトで発信している(http://madoka575.wix.com/english)。

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