ふくしまを詠む 黛まどかの俳句紀行

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原釜神楽相馬市 海に生きる心体現

一日でも早い復興を願い奉納された神楽
わたつみへ花舞ひやまぬ神楽かな

 相馬市原釜地区の津神社の前では、男たちが気勢を上げながら神輿を揉んでいた。「本当は雨で中止の予定だったのですが、若い者たちの強い希望で...」。春の嵐となった4月第3日曜日、神社には老若男女が集まっていた。漁師の多いこの地では、津神社は昔から海の守護神として厚い信仰によって支えられてきた。春の例祭には大漁と除厄を祈願する神輿渡御行列が行われ、獅子神楽などの芸能が地域を挙げて奉納される。300年の歴史を持つ伝統行事である。
 先の震災で集落のほぼ全戸が壊滅した原釜では、住民1225人のうち99名が亡くなっている。神楽の衣装や道具も流失した。高台の社殿に保管していて流失を免れた獅子頭や太鼓も損傷を受けた。それでも震災の翌年には若者から声が上がり、復興の魁[さきがけ]として神楽が行われた。海に生きる人たちの信仰心と誇りが神楽を再興させたのだ。
 舞方の鈴木誠さん(78)は、震災で奥さんと娘さんを亡くされ、現在お一人で暮らしている。生きがいは神楽の指導だ。原釜神楽保存会は長らく途絶えていた神楽「火伏」と「毬[まり]取り」を70年ぶりに復活させたが、これらを知るのは今や鈴木さんだけだ。病弱だった子供の頃、湯治場で退屈しのぎに教わったのが神楽だったという。「まさに"芸は身を助ける"だよ」。漁の合間の出稼ぎ先でも、鈴木さんの神楽は人気を博した。
 東日本鉄道文化財団の支援を受けて、獅子頭と宮太鼓、胴幕が新調された。今回はそのお披露目でもある。祝詞奏上、玉串奉奠[ほうてん]に続き、神楽の奉納となった。神楽殿に供えてあった浄め塩が撒かれ、「火伏」がはじまった。獅子を後ろで操るのは鈴木さんだ。眼光鋭く先程までの穏やかな表情が一変していた。「よぉーっ!」鈴木さんの一声で真新しい獅子に命が吹き込まれた。「火伏」は神の権化である獅子が天狗に退治されるという珍しい筋書きだ。このような神楽は東北地方では福島県の浜通りにしかなく、現存するのは原釜の「火伏」と北萱浜の「天狗舞」のみという。獅子は火事や天災を起こす悪霊、つまり荒ぶる神なのだ。
 幣束と鈴を持った獅子はゆっくりと舞い出し、やがてその本性を見せはじめた。襲いかかる天狗に火を噴き、いよいよ暴れ出す獅子。乱舞は神の力が盛んになった証だ。荒ぶる神は境内の木々にも宿ったのか、折からの風雨がさらに激しくなり、余花を散らしながら観衆や神楽に容赦なく吹き付けた。最後は天狗が刀で獅子に止めを刺して終わり、神楽は「毬取り」へと移った。「毬取り」は一転和やかなお話。じいさんとばあさんが毬で遊んでいるところに、天狗が登場して毬を取ろうとする。「獅子、寝てないで起きろ~!」。お年寄りから声が掛かると、境内にどっと笑い声が起こった。「お父さん、負けんな!」。今度は幼子が舞台に駆け寄って叫ぶ。いつしか神楽と観衆の境目がなくなり、ひとつに溶け合っていた。
 神楽が終わると、雨が一時小降りになった。一日も早く震災前の活気を取り戻すこと、そして海の護り神である津神社の祭を後世に伝えることが残された者の使命と、原釜の人たちは言う。海の男の気概に応えるかのように、ひとかけらの青空から日が差し込んできた。=随時掲載=


 まゆずみ・まどか 俳人。オペラの台本執筆、福島県の応援歌「そして、春~福島から世界へ」や校歌の作詞なども手掛け、国内外で幅広く活動中。現在「日本再発見塾」呼びかけ人代表、「公益財団法人東日本鉄道文化財団」評議員、北里大学客員教授。著書に「うた、ひとひら」他多数。
公式ホームページhttp://madoka575.co.jp

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