ふくしまを詠む 黛まどかの俳句紀行

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マタギ 金山町 熊と共に生きる

山の神に祈りを捧げる猪俣さん

 柏手に 一山澄みを深めけり

 古い猟法で熊などの大型動物を狩猟する人々を「マタギ」と呼ぶ。最新の装備で狩を行う「ハンター」とは違う。厳しい禁忌や掟を重んじ、伝統的な狩をするのがマタギだ。全国的に担い手が減少するなか、奥会津に千年の伝統を守るマタギの方がいらっしゃると聞き、金山町を訪ねた。
 「日本の森は蜜蜂と熊がつくりました」。猪俣昭夫さんは、知識のない私にもわかるように、やさしい言葉で語りはじめた。マタギには猛勇なイメージがあるが、猪俣さんは佇まいも口調も終始穏やかだ。
 昆虫によって花粉が運ばれ受粉して結実し、その果実を食べた熊などが動き回ることで、糞に混じった種子が広範囲にまかれる。多様性を持つ日本の森は、そうやって育まれてきた。
 人々は民家に近い里山で薪を調達し、山菜採りや狩をして暮らしてきた。狩で追われたことのある熊は、人に対して恐怖心を持つようになり、それが仲間に伝播する。里山は自然界と人間界を分ける境界として機能し、人と獣は互いのテリトリーを諒解していた。
 ところが、燃料が薪から灯油になり、人が里山に入らなくなると、熊は人を恐れなくなった。「同時に人は過剰に熊を恐れるようになりました」。害獣駆除などの罠にかかって死んだ熊の経験は仲間に伝わらず、人を恐れない熊は増える一方だ。「罠を仕掛けて殺すのは酷[むご]い。人は天敵だと熊に教えてやることが大事なんです」
 マタギは、猟に入る前には潔斎して、山の神に祈りを捧げる。山では「山言葉」を使い、万が一日常語を口に出してしまった場合は、直ちに水垢離[みずごり]もしくは雪垢離をしなくてはならない。言葉によって身が穢れるためだ。「ナムアブラウンケンソワカ」。雪崩が起きそうな場所を通る時や獲物が獲れた時は、呪文を唱えて祈り、感謝を捧げる。山岳信仰の修験者と旅マタギが同義という説もある。仕留めた獲物は解体し、心臓、腎臓、肝臓を黒文字の串に三切れずつ刺して、まず山の神に捧げる。厳しい戒律は、即ち自然の厳しさを思わせる。
 遠くから獲物を狙えるライフルは安全で確実だが、猪俣さんは使わない。こちらの存在に気が付いていない熊を撃つのは、命に対する敬意に欠けるからだ。「熊の息遣いが聞こえる距離で対峙するのがマタギです。だからこそ熊の命も自分の命も感じることが出来るのです」
 山では常識では考えられないことが起こる。「想定外」だったでは済まされない。「すべてを想定しておかないと自分がやられるだけですから」。古来の掟を厳守するのは、山の神への畏敬の表れであり、また身を守るために絶えず注意喚起を行う必要があるからだろう。「型」を実践することで、「型」から外れた僅かな誤差や変化を察知できるからではないだろうか。掟には先人たちの知恵が詰まっている。
 猪俣さんの車に先導されて山に入った。猟期でない季節も、毎日のように山を巡ると言う。時折車を停めては、動物の足跡や糞をチェックする。山の状態を常に把握し、命を見つめる。
 猟期は11月から2月まで。共存するために、熊を追い、命懸けで熊と対峙する。
=随時掲載=

 まゆずみ・まどか 俳人。オペラの台本執筆、福島県の応援歌「そして、春~福島から世界へ」や校歌の作詞、舞台での朗読など、幅広い分野で活動中。「日本再発見塾」呼びかけ人代表、北里大学客員教授。著書に紀行『ふくしま讃歌』、句集『てっぺんの星』他多数。

公式ホームページhttp://madoka575.co.jp

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