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被災 相馬藩窯 後世に よみがえる登り窯

震災で損壊した登り窯を見詰める恵三子さん

 相馬藩主に相馬駒焼を納めた歴史を持ち、東日本大震災で損壊した相馬市中村の「田代窯」の登り窯が修復される。市が所有者から譲り受け、作陶の工程などを紹介する施設として整備する見通しとなった。窯元は後継者がいない状況が続いており、市に保全を求めてきた関係者は「相馬の貴重な財産が後世に引き継がれる」と歓迎している。

 田代窯は約400年の歴史を誇り、東日本で最古といわれる登り窯は県重要有形民俗文化財に指定されている。市は所有者の田代家から登り窯と窯を覆う上屋を譲渡され、窯場の土地約240平方メートルを購入する計画。年明け以降、専門家の助言を受けながら雨漏りする上屋や震災で一部が崩れた登り窯の修繕、外構の整備を進める。開会中の12月定例市議会に、土地の測量費などを盛り込んだ平成27年度一般会計補正予算案を提出した。
 市は将来、市民や観光客に田代窯を公開する。登り窯を見学し、パネル展示などで相馬駒焼について理解を深める施設にする方針だ。街中の住宅地にあり、相馬中村神社や中村城跡に近いことから相馬藩の風情を感じる散策コースを設ける案も検討する。
 震災で壊れた登り窯と上屋の修復には多額の費用が必要になるとみられてきた。平成23年7月に亡くなった15代田代清治右衛門さんは「何も手を加えず、自然に任せて全てを清算したらいい」と言い残していた。妻恵三子さん(68)は遺志を尊重し、直さずにおく考えだったという。
 震災後、県文化財保護審議会委員の懸田弘訓さん(78)=二本松市=が何度も登り窯を視察した。「後世に伝承していくべき」との訴えに、恵三子さんの心は動き市側との協議が始まった。
 恵三子さんは「市に保存してもらうことが決まり、気持ちが晴れた」と話している。

■「歴史的価値 極めて高い」 保全に尽力、懸田さん
 田代窯の登り窯について懸田さんは「極めて貴重で歴史的価値が高い」とした上で、「県民の宝であり、行政の支援で保存が決まりほっとした」と胸をなで下ろしている。
 立谷秀清市長は「田代家の理解を得て、市は登り窯を預かる。周辺の環境整備を進めながらしっかり管理したい」と語っている。

※相馬駒焼
 元和9(1623)年、相馬藩主相馬利胤公の上洛(じょうらく)に同行した田代源吾右衛門が藩命により、京都の名陶工・野々村仁清の下で7年間修業を積み技法を学んだ。源吾右衛門の才能を認めた野々村から「清」の一字を贈られ、名を清治右衛門と改めて帰郷。以来、子孫は代々、清治右衛門を名乗ってきた。走り駒の絵が特徴。田代窯は藩の御用窯で、明治維新まで作品は一般に出回らなかった。現在は相馬市中村字田町38の窯元で、湯飲みや花差しなどが販売されている。

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