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「長沼」の絆 須賀川、長野 同じ城主統治が縁 3月11日、県内交流

長沼城址で長野市長沼との交流に期待を膨らませる若林さん

 須賀川、長野両市の長沼地区は同じ地名と歴史的なつながりを縁に相互交流を始める。東日本大震災から丸6年となる3月11日に長野市長沼の住民が復興への願いを込めて須賀川市長沼でコンサートを開く。訪問を受けた住民は感謝と友好の証しとして震災で決壊した藤沼湖で見つかった「奇跡のあじさい」の苗を贈る。芽生えた交流を大切に育てていきたい-。節目の日を前に双方の住民は思いを募らせている。

 長野市長沼の住民でつくる「長沼歴史研究会」や和太鼓チームのメンバーら30人は来月10日に須賀川市長沼を訪問する。
 研究会が16世紀末に上杉景勝の家臣・島津忠直が治めていた須賀川市長沼に関心を持って調べを進めるうちに東日本大震災で藤沼湖が決壊した上、数多くの家屋が流された被災状況を知った。
 復興に力を注いでいる同じ「長沼」の仲間にエールを届けたい-。
 研究会の拠点となっている長野市長沼公民館長の宮沢秀幸さん(69)が中心となって交流計画を練り、須賀川市長沼公民館長の鈴木潤一さん(62)にコンサートの開催を打診した。「ぜひ、やりましょう」。須賀川市の長沼城址の美化・普及活動に取り組んでいる長沼城址を考える会長の若林誠二さん(69)を交え交流計画が動きだした。
 宮沢さんは「復興に向けて頑張っている福島の人たちを励ましたい」と思いを寄せ、若林さんは「親交を深め、将来的には文化や物産の交流にもつなげたい」とし、相互交流への発展に期待を寄せている。

※須賀川市長沼と長野市長沼
 16世紀の戦国期に上杉景勝の家臣島津忠直が現在の須賀川、長野両市長沼にあった長沼城主を務めていた歴史的なつながりがある。忠直は武田信玄の侵攻で長野の長沼を追われ、上杉家に仕えた。1582年に長沼城主に復帰。豊臣秀吉の命で上杉家の領地が会津に移ると、忠直も従い3年ほど須賀川の長沼城主を務めた。
 長野市長沼は市内北東部にあり、千曲川西岸に位置している。地区人口は約2500人。信州りんご発祥の地とされ、果樹栽培が盛んな地域として知られている。須賀川市長沼の人口は約5500人。


■「奇跡のあじさい」贈呈へ 藤沼湖で発見

 来月11日のコンサート名は「ふたつの長沼ふれあいコンサート」。須賀川、長野両市の長沼公民館が協力して須賀川市長沼保健センターで開く。
 長野市長沼の和太鼓演奏グループによる演奏や詩吟、獅子舞神楽などを披露する。釣り鐘を鳴らして震災の犠牲者を追悼する。
 「大震災と藤沼湖の記憶をつなぐつどい実行委員会」は藤沼湖決壊の被災体験や復興に向けた歩みを説明する。須賀川市長沼の住民は被災後の藤沼湖の湖底で見つかったアジサイを株分けした復興のシンボル「奇跡のあじさい」を感謝と友好の証しとして長野市長沼の住民に贈る。
 長野市長沼の一行は復旧工事を終え、1月に試験貯水を開始した藤沼湖と長沼城址を視察するほか、名物の手打ちそばを味わい、地場産品の魅力に触れる。
 コンサートの開演時間は午前11時。誰でも無料で入場できる。問い合わせは須賀川市長沼公民館 電話0248(67)2474へ。

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