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会津出身大学生ら生活「至善寮」 東京 絆受け継ぎ100周年 心構え忘れず

寮長の菅家さん(右)らから会津の歴史なども学ぶ田中さん(中央)

 会津出身の大学生らが生活する東京都文京区の会津学生寮「至善(しぜん)寮」は10月1日、開寮100周年を迎える。学生の経済的負担の軽減を目的に会津出身者らの寄付で設立され、これまでに1397人を受け入れてきた。「会津の絆を大切にしたい」。寮生らは人材育成に力を入れた会津の歴史に思いをはせながら、新たな一歩を踏みだす。

■山川健次郎ら開設
 「会津を元気にするにはどうすればいいか」。4階建ての寮の1階にある食堂で、入寮生が夕食を囲みながら意見を交わす。ほぼ定員の寮生34人は全員が会津出身者か両親のいずれかが会津出身者。会話は自然と古里の話題が多くなる。
 寮生会長を務める田中晴久さん(19)=東洋大2年、会津美里町出身=は10年ほど前に入寮していた、いとこの影響で会津学生寮を選んだ。同郷の絆で結ばれ、先輩らに何でも気軽に相談できる寮生活を聞き、迷わずに入寮を決めた。
 毎年4月の入寮式では寮の理事長らから会津人の心構えや先人の苦労話を聞く。寮長として隣の建物に住み込みで世話をしてくれる元若松一中校長の菅家敏之さん(66)=金山町出身=からも礼儀や感謝、思いやりの気持ちなどを大事にするように教わり、古里を離れても会津人としての心構えを忘れることはない。田中さんは「一世紀の節目に入寮していることを誇りに感じる。会津の教えを受け継ぎたい」と話す。

 寮は元白虎隊士の山川健次郎らが関わり、1917(大正6)年に開設された。東大総長だった山川が会津出身の学生から寮開設を懇願され、寄付集めに奔走したという。
 終戦直後には戦火で家を失った近隣の住民が家族で寮に住んだという記録が残る。当時の寮の理事長は会津若松市出身で南洋開発に尽くした松江春次。徳島県の板東俘虜(ふりょ)収容所長としてドイツ人捕虜を人道的に処遇した松江豊寿(とよひさ)の弟だ。寮生と住民が"同居"する異例の事態は戦後6年ほど続いた。寮長の菅家さんは「戊辰戦争で敗戦を味わった会津人の優しさと、松江兄弟の血が住民が住むことを黙認したのではないか」と推測する。
 現在は「公益財団法人会津学生寮」が運営している。歴代理事長には元プロ野球コミッショナーで会津若松市出身の故・川島広守さんらの名前が並ぶ。12代目理事長を務める大越康弘さん(75)=会津美里町出身、元防衛庁官房長=は「将来のある青年を学ばせたいという会津人の熱い思いをこれからも受け継いでいく」と固い決意を口にする。

◆寮費月額4万7000円
 寮は東大や東京ドームなどに近い都心部にある。寮費は朝夕の食費込み、7畳1室で月額4万7000円。35室あり、かつては相部屋だったが、現在は個室でインターネット環境も整っている。

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