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54年前のシャツ着て力走 元聖火ランナー増子邦明さん

聖火ランナーを務めた際のユニホームを着て、2度目の東京五輪開催をアピールする増子さん(中央)

 三春町の増子邦明さん(73)=田村高校務員=は17日に川俣町で開かれた川俣ロードレース大会で、1964(昭和39)年東京五輪の聖火ランナーとして着用したランニングシャツ姿で力走した。胸元の日の丸が見えるよう、ゼッケンを腹の位置に着けた。「もう先の話ではないよね」。2年後に迫った2度目の東京五輪の機運を高めるため、県内の大会で「走る広告塔」を担っている。
 西田村(現郡山市)出身。逢隈(現西田)中で県中体の2000メートルを制し、田村高3年時の県高体は3種目で優勝した。全国高校総体(インターハイ)5000メートルで9位に入り、主力選手として同校を全国高校駅伝初出場に導いた。
 卒業後、茨城県の実業団に所属していた19歳の時に聖火ランナーを務めた。田村高から共に就職した同級生も選ばれた。1キロ4分以上のゆったりしたペースで、水戸市内の約2キロを走り抜いた。「高校2年で東日本縦断駅伝(青東駅伝)に出た経験もあり、全く緊張しなかった」。沿道の大声援を今も鮮明に覚えている。
 翌年から陸上自衛隊郡山駐屯地に入隊した。54歳で退職するまで選手、監督、役員として青東駅伝に28年携わった。共に青東駅伝や国体に出場した東京五輪男子マラソン銅メダリストの故円谷幸吉さん(須賀川市出身)から名字をもじり、「まちこ」の愛称でかわいがられた。
 1999(平成11)年から三春町臨時職員となった。市町村対抗県縦断駅伝競走大会(ふくしま駅伝)では三春町の監督を2015年まで25年間務め、優勝7回の輝かしい実績を残した。現在は田村高に校務員として勤める傍ら、田村市陸協顧問、県駅伝後援会監事として本県の競技力向上に寄与している。
 2020年東京五輪・パラリンピックの開催が決まった2013年9月、たんすの奥から「TOKYO 1964」と書かれた聖火リレーのユニホームを引っ張り出した。「生涯現役」を貫いてきたおかげか、体形は当時と変わらなかった。毎年10レースほどに出場している。陸上に情熱を注ぐ夫を長年支えてきた妻栄子さん(69)がいつも見守る。
 17日は5キロ男子70歳以上の部にエントリーし、同時スタートの中高生らと競った。「自分も聖火リレーを走りたいという子が増えてほしいな」。多くの県民が関わり、将来に夢と希望を抱く五輪を願っている。

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