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被災地ルポ 亡き友思い涙こらえる いわき薄磯菅波守夫さん 海岸で遺品探す

亡くなった親友の遺品を探す菅波さん。奥には塩屋埼灯台が見える

 東日本大震災による津波で大きな被害を受けたいわき市平の薄磯地区。かつて住宅が立ち並んでいた海岸沿いの面影はなく、至る所にがれきが散乱していた。
 その一角で涙をこらえながら遺品を拾い集める同市平薄磯字小塚、無職菅波守夫さん(78)の姿があった。菅波さんが兄弟のように付き合っていた無職大和田淳さん(70)の自宅があった場所だが、住宅は押し流され、基礎とがれきだけが残る。大和田さんは遺体で発見された。
 大和田さんは大熊町の県水産種苗研究所の所長を務めた後、同市平薄磯の自宅で妻トミ子さんと暮らしていた。潜水技術に優れ、現役時代はアワビやウニの漁場作りの研究者として活躍した。当時の同僚は「誰よりも海を愛していた人だった。引退後に会った時も『海の見える家に住んでいるんだ』とうれしそうに話していた」と振り返る。
 昨年末に妻トミ子さんを亡くし、しばらく自宅に閉じこもる時期が続いた。心配した親友の菅波さんが近くの薄磯海岸にワカメ採りなどに誘うようになり、大和田さんにようやく笑顔が戻り始めた矢先の惨事だった。
 津波発生の当日も二人で薄磯海岸にワカメを採りに行き、昼に「また明日」と言って別れたばかりだった。菅波さんの自宅は海岸から300メートルほど離れており、津波は自宅の手前で止まり、助かった。「あの日に別れた時はまさかこんなことになるとは思わなかった」と無念そうに海を見詰めた。
 薄磯と、塩屋埼灯台を挟んで隣り合う豊間地区では、自衛隊や警察、消防団による捜索活動が続いている。
 同市平豊間のホテル従業員関美弥子さん(37)は自宅が津波で流され、跡形もなくなってしまった。勤め先の建物の屋上から自宅周辺を眺めながら「元通りになるまであと何年かかるのか」とため息をついた。(丹治 隆)

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