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避難先で事業スタート 「古里で再起」胸に 浪江貨物自動車福島へ 創業50年「前に進む」

自社のトラックを前に福島での再起を誓う渡辺さん

 東日本大震災による津波や原発事故で避難を余儀なくされた福島県浜通りの企業が「新天地」で事業を再開させる動きが出てきた。仮事務所を設けて取引を始めた経営者、避難先などから通勤する従業員...。慣れない土地での業務に苦労も多いが、古里での再起を胸に、社員一丸となり苦難に立ち向かっている。

 「福島市に事務所をつくりました。よろしくお願いします」。浪江町の浪江貨物自動車社長の渡辺秀昭さん(62)は23日、福島市内の得意先を回っていた。市内成川の東北自動車道福島西インターチェンジ近くに借りた駐車場からは、トラックが県内外へ出発した。

 渡辺さんは先月11日、相馬市で業界団体の会合に出席中、震災に遭った。すぐに浪江町の中心部にある会社に戻ったが、輸送中のトラック6台と電話がつながらない。やきもきしながら帰りを待っていた翌12日午後、福島第一原発1号機の原子炉建屋が水素爆発した。「早く逃げろ!」。警戒中のパトカーから警察官の怒鳴り声が響いた。

 それから約2週間、家族らと町内津島、二本松市の知人宅などを転々とした。ぼうぜんとする毎日だった。そんな時、避難した従業員たちから次々とメールが届いた。「従業員もトラックも無事なので頑張りましょう」。覚悟を決めた。「どうなるか分からないけど、前に進もう」

 取引先が多い福島市を再出発の地に選んだ。不動産会社でトラック18台分の駐車場を確保し、近くの空き屋に仮事務所を置いた。

 「また仕事を始めます。俺、頑張るからな」。今月初め、渡辺さんは仮事務所の近所にある飲食店で避難先から駆け付けた社員たちと食事会を開いた。「ハイ!」。従業員の明るく元気な返事に力が湧いた。

 避難先の猪苗代町から通勤している従業員もいる。「いつか必ず浪江に帰る」。全従業員の願いだ。

 震災がなければ、創業50年の記念の年になるはずだった。だが、従業員は5人減り、14人に。震災前の取引量を確保するのも決して容易ではない。「苦しい時ほど闘志が湧くんだ」。渡辺さんは前を見据え、胸を張った。

 浪江貨物自動車以外にも、浪江町の複数の運送業者が福島市で事業を再開している。横山物産(横山正広社長)は市内成川の空き事務所を借り、ドライバー12人らが業務に当たっている。以前から扱っている家畜や鶏卵のほか、仮設住宅用の資材も運搬している。

 八島運送(林茂社長)は市内北矢野目の空き店舗に事務所を置いた。ドライバー14人が新聞用紙を埼玉県や静岡県に運んでいる。

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